なぜツキノワグマは人を襲うようになったのか?自然の変化を鋭く見つめ続けてきた動物カメラマン宮崎学が送る新メッセージ
2012/3/3 土曜日   ツキノワグマ日記

クマをはじめとする生物の観察法

日本の野生動物で、観察や撮影の難易度は、ツキノワグマとモモンガがトップクラスだと思う。
モモンガは、ある意味ではツキノワグマより難易度が高い、のかもしれない。
その証拠に国内では、モモンガの生態写真はツキノワグマより圧倒的に少ない、と思う。
北海道のエゾモモンガの写真はそこそこあるが、本州に棲むモモンガをきちんと観察撮影できる人はほんとうに稀ではないだろうか。

写真家としてオイラは、謎に包まれた生物たちの生活史をひもときながら写真という「視覚言語」に置き換えていくことに最大の魅力を感じている。
だからこそ、ツキノワグマをやってきたのである。
その前には、夜行性のフクロウをほぼ完全試合で視覚言語化した写真集を出した。
さらに、1978年には日本ではじめて無人撮影ロボットカメラを独自開発して「けもの道」という形で写真集にした。
また、日本で繁殖しているワシとタカ全種類の営巣状況を押さえると同時に、それまで日本で繁殖してないといわれていたカンムリワシの巣を1981年にオイラが西表島ではじめて発見もした。
1995年に出版した「死」という写真集では、動物たちは妊娠期間と同じ時間で死後は土に還ることを視覚言語化もした。

「黙して語らない自然界」をこうしてひもとくことが、オイラは何よりも楽しい。
だから、ツキノワグマを知ることにも血が騒いだのである。
そんなツキノワグマ独特な「けもの道」を見つけたときには、まずは3年間連続的に無人撮影カメラを設置してクマの動きを探ってみたい、と思い立った。
これは、シカやイノシシの道とはあきらかに違う「クマの道」を確認する意味で、撮影しながら自分自身の着眼点の真実を確かめたかったからだ。
結果は、おびただしいツキノワグマが写り、自分自身の視点がまちがってなかった自信を得た。

こうして、ツキノワグマを知りたいと思って設置していたカメラに、実は偶然にも、モモンガが写った。
3年間で、たった一回だけのモモンガ記録だったが、この一回のチャンスでオイラは多くのひらめきを得た。
標高850メートルの森に、モモンガは確実に生息していることをこのとき初めて知ったからだ。
これまで自分自身でも目撃例がなかったから、モモンガは「いない」ことになってしまっていた。
そのモモンガも注意すれば生息しているのだという、ヒントにつながったからである。

この一回だけのチャンスで、オイラはモモンガ発見専用の無人撮影ロボットカメラ開発を思い立った。
森の樹間を無人カメラで丁寧に探れば、モモンガの動きが見えてくるにちがいないと考えたからだ。
結果は狙いどおりとなって、次々とモモンガを記録していった。
こうして、見えない部分がどんどん見えてくると、モモンガの巣まで発見できるようになった。

もはやこうなれば、モモンガの存在がクマよりおもしろくなり、現在進行形なのである。
こうしたちょっとしたヒントをひらめきに転じてテーマを求めれば、黙して語らない自然界は必ず応えてくれるところである、と信じている。
観察できないから「いない」のではなく、観察するアイデアとスキルは自分自身で磨いて仕掛ければいいのである。
だから、オイラには自然を知る教科書や書物や師匠などはいらない。
とにかく、自分自身の目を信じていけば、自然界が教科書であり先生となってくれるからである。
オイラの自然観察は、万事がこんなカンジで進んでいる、のである。

写真:
1)この木の根元に、ツキノワグマ専用の「けもの道」ができていた。
2)リス(左)は3年間によく記録されたが、モモンガは1回だけの記録だった(右)。
3)樹幹を駆け上るモモンガ。
4)モモンガの巣穴にも、年間を通せば生態の秘密がいっぱい隠されていることに気づいた。
5)独り立ちができるようになると、昼間でも活動するモモンガもいた。

(from/ gaku )

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