なぜツキノワグマは人を襲うようになったのか?自然の変化を鋭く見つめ続けてきた動物カメラマン宮崎学が送る新メッセージ
2010/4/7 水曜日   ツキノワグマ日記, 研究

見落としがちなツキノワグマのサイン

これは、南アルプス中腹より眺めた「伊那山脈」。
伊那山脈は、中央アルプスと南アルプスに挟まれながら東西100km余につらなる山。
ピークは最高峰でも2000mほどと低いが、それでも中央アルプスに匹敵するくらい大きな面積の山脈である。
ハイマツ帯のような特殊な高山帯がないだけに、ここにはたくさんの野生動物たちの棲める生息環境がととのっている。

普段から見慣れている山なのでそれほどの関心も示さないものだが、この風景をみて、ひょっとしたらツキノワグマの痕跡が見えるかもしれない。
そう思って、双眼鏡で探してみた。
広葉樹などの雑木林が主体のなかに、30年ほど前に植えたであろうヒノキ林が見える。
あのようなところは、ツキノワグマに狙われるからなぁーと思いながら、2km先の山肌に双眼鏡を絞る。

あるある、ヒノキの立ち枯れ。
あれは熊の「皮剥ぎ」という仕業にちがいない。
さらに倍率アップのフィールドスコープに切りかえると、それは確かなツキノワグマのサインだった。

茶色くなって、ヒノキが立ち枯れているさまは無残でもあるが、しかしよくもまあ、あんなところにまで植林したものだと思ってしまう。
ヒノキ植林に不適格な土壌ほど、このようにツキノワグマの被害に遭いやすいことはこれまでの観察からでも分かってきていることだ。
周囲には戦中戦後に人間の手が大幅に入ったたくさんの広葉樹の放置林が展開されているから、ここは、ツキノワグマにとっては天国であろう。
その一角に、ほんの少しのヒノキ植林地をつくれば、そこはすなわち30年後には皮剥ぎの「餌場」となるからだ。
こうした植林選択を、いいとも悪いともいえないが、確かな答えをツキノワグマたちが握っているように思えてならない。

里へ降りてきて、伊那山脈の入口を見たら、そこには「熊出没」注意の張り紙が出されていた。
付近でのたびたびの目撃情報がなければ、このような張り紙は出てこないものである。

広い、伊那山脈。
急で険しい、伊那山脈。
豊かな自然環境が無尽蔵に展開される、伊那山脈。
その里からピークまで、ここには、いったいどんだけのツキノワグマが生息していることだろうか?
生息痕跡はまだまだほかにもたくさん見られるから、ここには10頭や20頭のツキノワグマの数ではない。
中央アルプスでその全体像の感触をつかんできているだけに、南アルプスまで範囲を広げて目の前にある自然環境を比較してみれば、長野県の南部地域だけでも想像を絶するほどの凄い数のツキノワグマの生息がある、とボクは確信をしている。

それは、過疎化による人口減と集落の消滅。
山林といえども、不在地主がどんどん増えている現状を見据えれば、ツキノワグマにとってこの先の生息環境はマイナスどころか、右肩上がりのプラスに向かっていることはまちがいない。
ツキノワグマのための「森林トラスト」運動が時には美談になってもいるが、それを大幅に上回る勢いで「自然林」がこの日本の国土に毎年出来上がっていっていることも視野にいれるべきだろう。
「黙して語らない自然界」だが、実は環境が雄弁に時代を語っているからである。

写真:

1)伊那山脈全体は大きすぎてつかみどころがないが、囲みをみていくと。
2)囲んだところをさらにUPしてヒノキに迫れば。
3)ヒノキがところどころ茶色く立ち枯れているのが分かる矢印。これまで立ち枯れが進んでいれば、ここのヒノキはすでに全滅していることだろう。皮剥ぎに遭って立ち枯れるまでには、4-5年の月日が経ってやっと遠方より確認ができるようになるからだ。
4)パソコン出力した注意書きこそ、時代を反映しているので、10年後、20年後などにわたって丁寧に観察をしていけば、立派な資料にもなることは間違いない。

(from/ gaku )

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