ツキノワグマにとっての広葉樹林
伊那谷の自宅を出て、岐阜、愛知、滋賀、京都、兵庫、鳥取、島根、広島、岡山、大阪、奈良、三重 …と、大急ぎの旅をしてきた。
全走行距離1800km。
日本の自然を理解するためにも「直感力」のアンテナを錆付かせないように、ボクはこのような旅を35年以上にわたって毎年のようにどこかへ繰り返している。
こうして、日本列島を定期的に旅をすることで、過去との比較もできるし新たな発見にもつながるから、いまもなお続けているのである。
今回再認識したことは、近畿地方から西日本にかけて山野が大変貌をとげているという事実だった。
クヌギ林を主体とする広葉樹林が莫大な面積で形成されていた、からである。
1970年代にはじまった大規模な「松枯れ」がすっかりひと段落して、その跡地には立派な広葉樹林ができあがっていたのである。
松枯れのはじまったころにもボクは同地域に旅をしていたから、松林が全滅してその跡にクヌギなどの広葉樹が自然発生しながら見事な山容をみせていることに脆弱でない日本の自然のたくましさをみる思いがした。
しかも、すでに20−30年生の樹林もあり、これは地域の生態系に大きく作用していることを再確認しなければならないことにも気づいたのである。
ツキノワグマにとって広葉樹林は「森の傘」を引き合いにしながら、その必要性をだれもが説いている。
このためにも、広葉樹林はあらゆる生物には良かれと感じている人がほとんどだから、これは歓迎すべき現象なのであろう?
こうした広葉樹林は植林されている杉などよりはるかに多く、今回の旅のなかで目撃した山容の60−70パーセントを占めているのではないかと思われた。
ある意味では、これらの山地は長野県の北アルプスや南アルプス、中央アルプスを全部合わせてもはるかに広い面積を保っているものと感じた。
日本アルプスには標高3000メートルの高山帯があるが、西日本の山野は高山帯のない中山間地が複雑に連綿と続くという特徴がある。このことは、ツキノワグマやイノシシ、ニホンジカを膨大な数で包容していけるという事実であろう。
それなのに、ツキノワグマが「絶滅寸前」という捉えかたをしているのには疑問を感じる。
野生動物というものは、「いない」という見方をしてしまうとそれ以上の探索をしようとする努力が失われるものである。いないのではなくて「いる」というように考え方を一度リセットしながら生物の棲む環境全体を複眼発想して追ってみることも必要だからである。そうすれば、案外見えてくるものだ。
今回は大急ぎの旅だったが、近畿地方以西の山野をみてボクは直感力として、巷間いわれているほどツキノワグマは少なくないのではないかと感じた。
ただ、その調査方法が確立できてないだけの問題なのではないかと思った。
現地の山地に何箇所かのポイントを設けて「Nシステム」のように、5年、10年という単位で無人自動撮影をやっていけば黙して語らないツキノワグマの動きが相当に見えてくるのではないかと思う。
そうした斬新な発想力と行動力のある人が現地にいれば、ツキノワグマだけでなく日本の自然界の見方もかなり変わってくるのではないか。
西日本でのクヌギ林の規模をさぐるには、4月中旬までである。これが過ぎてしまうと、芽吹きがはじまってしまうから常緑樹との区別がつきにくくなる。
こういう自然の見方も、写真家としての職業的「直感力」からである。
写真上:雪模様で視界が悪かったが、「琴引山」といわれる山は全山が広葉樹林に覆われていた。
写真中:中国自動車道をひた走ったが、高速道路のサイドに広がる山野もほとんどが広葉樹林だった。
写真下:近畿地方(生駒山)でも松枯れが終焉を迎えながら、広葉樹林がかなりの面積で広がっていた。




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