『2−3年後にツキノワグマは絶滅する?』 その4
ボクの無人撮影カメラシステムは、
センサー 70,000円
デジタル一眼レフカメラ 200,000円
レンズ 60,000円
ストロボ 300,000円
三脚など周辺機材 150,000円
プロとしてクオリティーの高い仕事をするには、最低でもこのくらいの機材を使わなければならないのである。
安い機材で安易に仕事をこなそうなんてケチな考え方をすればするほど、仕事の質が落ちるし成果のあがらないことはこれまでの40年間に及ぶキャリアで見てわかってきていることだからである。
これらのシステムを現在は7セット運用している。
そして、これはすべて自前で開発した技術と機材である。
2005年9月。
本づくりの関係で藪の中にひっそり続く「けもの道」をテーマに、急遽撮影しなければならない仕事があった。
このため、中央アルプス山麓に野生動物たちが必ず通る「けもの道」をみつけ一眼レフのデジタルカメラを無人撮影化して設置した。
これまでの経験から、そのけもの道は1−2ヶ月時間さえかければ確実に何種類かの動物たちが撮影できると計算できたからである。
その結果はヨミどおりに本づくりの仕事をこなすことは、できた。
しかし、ここでさらに付録がついてきたのである。
ツキノワグマが相当数撮影されたからである。
9月から11月上旬までのたった2ヶ月間で、10個体ほどのクマが連続的に撮影されたのだった。
この事実には、とにかく自分の目を疑ったほどである。
2005年といえば、ドングリが大豊作でツキノワグマは人里には出没しないといわれた年である。
たしかにこの年はツキノワグマの出没が目立たなかったが、カメラではその潜伏状態をしっかり捉えていたのだった。
出没痕跡を私たちには見せないまま、クマたちは実はしっかりと行動していたからである。
このため、2006年はさらに精度をあげた撮影をしてみようと、近くの遊歩道へ同じシステムを設置してみた。
それも、5月上旬から稼動させて現在にいたっているのであるが、人間のための「遊歩道」ということも写真作家としてあるヨミと理由があったからだ。
その結果は、写真が示すとおりすざまじい数のツキノワグマが記録されたのだった。
ここに示した写真は、まだまだ一部ではあるが、ここには少なくも20個体以上の熊が出現していることだけは確かだった。
そして、どんどん移動して流れていく個体と、一定地域に定住している個体があることもわかり、このカメラはさらに数年間にわたって設置しつづけるつもりで、現在進行形である。
無人撮影はまさにカメラトラップであり、ツキノワグマの個体を確実に捉えることができる。
このため、今後は無人撮影をしながら個体識別までもっていけるようなシステムづくりが、ボクには必要となってきた。
各個体の体高、雌雄の判別はもとより、その個体を鼻紋で区別できるようにすることである。これは、3台のデジタルカメラを同時作動させていくことで、技術的には可能である。
この装置を、クマが冬眠している3月までの間に今年は製作し終えなければならない。
別にボクは研究者になるつもりはないし、専門家になるつもりもない。
ツキノワグマという日本の野生動物の知られざる一端を自分の技術でどこまで迫ることができるかということに興味があるだけである。
「メカトロニクスの達人」と評論家の立花隆さんがボクのことを評してくれているが、カメラテクニックとエレクトロニクスとナチュラリストの技術を合体すればメカトロニクスを駆使することになる。
これは、センサーとカメラとストロボを駆使してはじめて「無人撮影カメラ」化ができ、野生動物たちの素顔を見ることができるのと同じくらい、目的のためにはメカトロニクスがどんなに必要なことかは自分自身でいちばんよく知っているからだ。
ストロボの電源をフィールドで1週間もたせるだけでも大変な技術が要ることは、やってみたものでないとわからないだろう。
だから、そうした技術鍛錬も自分自身への試練として課しているだけなのである。
このブログのカキコミをみていて思うことがあるが、
人から与えられたテーマを鵜呑みにしたまま、自然界に何の疑問も抱かず、それを自身で調べようと努力もせず技術もなく重箱の隅をつついてくるだけの人がいる。
実は、そういう人たちがこの世の中に圧倒的に多いこともこれまでのキャリアのなかで見て知ってきている。
だからボクは、
自然界に対する自分の独特な「勘」として、ツキノワグマは世間でいわれているほど数の少ない動物ではないと実感しているから、自分なりの答えをだすつもりで技術を磨き時間をかけて「視覚言語」に訴えかける仕事をするべく行動しているだけ、なのである。
いまでは、ツキノワグマたちがどこをどう歩いてくるかまで確実に読めるから、2007年度もボクは自信をもって行動できる。
その結果が、ツキノワグマが激増しているという自分自身の答えにつながればそれでいいからだ。
写真上:これは100kgを超える巨グマだが、おだやかな目をしている。
写真中:2005年、上の巨グマと同一場所でこんなにも別個体が出没していた。
写真下:2006年、たった7ヶ月間でこのありさま。まだまだたくさんのクマがでてきているが編集が面倒だから割愛した。




面白い取り組みですね。
ところでお聞きしたいのですが、クマが増える事は何か問題でもあるのでしょうか?
スギの食害とかですか?あるいは人身事故でしょうか?
それらを無くす為にはクマの個体数が増えすぎているから処分した方がいいという事でしょうか?
自然の報道という事で、素直な意見ですが、確かにその限られた場所においては、貴殿がいう現象もあるのではないかと思います。でも、それが全てじゃないですよね。記事であるのならば、特定の場所においてはこういう現象が見られるという風に報道してはいかがでしょう。
少なくとも僕が住む地域においては、そのような現象があることは特定できません。
機材に費用を投じ、その最大限の効果を得る為の活動をされているのはわかりますが、その目的が商用なのであるなら客観性はないと言わざるを得ないと思います。それはデータではなく私見であると思いますが違いますでしょうか?
悪しからず。
しかしながら、貴殿の活動は貴重であると思います。頑張ってください。
コメント by poi — 2007/1/5 金曜日 @ 1:22:01
「少なくとも僕が住む地域においては」
・・・・って、poiさんあなたはどこにお住まいで?
学先生は本名も使ってますし伊那谷から発信と毎回言われてるじゃないですか〜(^^;
「クマが増える事は何か問題でもあるのでしょうか?」
このブログや学先生の本を全部読んでからコメントしないと恥ずかしいですよ。
コメント by *う〜 — 2007/1/5 金曜日 @ 11:54:59
poiさん 初めまして。森の365日の管理人をしております。
>目的が商用だから客観性がない
とはどういう意味でしょうか。
宮崎はすべて自費で全国を旅しながら、取材したことを発信しています。もちろん講演もさせていただいていますし、出版社様などから依頼があれば原稿も書かせていただいてます。
フリーで仕事をしていくには当たり前のことかと・・・・。
でも少なくともこのブログを読む人からお金はいただいておりませんし、この撮影にかかる経費を誰かに出して貰っているということはありません。
例えどこかに取材費を出してくれるところがあったとしても、「客観性がない」理由にはならないと思います。
もし誤解して書かれたのでしたら、謝罪と訂正を希望します。
コメント by モモンガ — 2007/1/5 金曜日 @ 16:54:00
僕は宮崎さんの活動には敬意を表します。しかしながら、クマが増えているという根拠には乏しいと感じました。
僕が言いたいのは、特定の観測点における現象を全てに当てはめる事はできないという事です。
僕が、この特定の場所で撮影された個体数の変動からわかる事は、客観性を持って言うなら「いい撮影ポイントでしたね」という事です。資本を投入されて臨んだ撮影でしょうから、「成果がありましたね」という事です。
それ以上の事を、この事柄から客観性をもって推測する事は僕にはできません。
以上です。
誤解を招くような記載があったのなら申し訳ないと思います。ですが、これは僕の素直な意見ですので、訂正するつもりも謝罪するつもりもありません。
この場所はコメントをつける事を開放してあるのですから、意見は自由だと思いました。違っていたのなら、管理者の権限を持って削除していただいて結構です。
僕は構いませんよ。
報道とは中立性を持ってあるべきと思いましたが、それを受け止めた視聴者の意見がコントロールされるのだとしたら残念な事だと思います。
コメント by poi — 2007/1/5 金曜日 @ 20:04:15
特定の観測点における現象を全てに当てはめる事はできない、というのは
宮崎さんは良くわかっているのでしょうね。
その為の種まき、を感じる事しばしばです。
予算も紐つきじゃあー嬉しくないし、
昼飯も食べられない貧乏生活も
もういやな私ですが、
宮崎さんの清々しい投資を尊敬しています。
コメント by masa — 2007/1/6 土曜日 @ 5:41:01
poiさん、こんにちは。
あなたの書き込みは、読ませていただいておりますが、少し、気になっておりました。
初めにお断りしておきますが、私は、gakuさんに共鳴している者です。何度かお会いして、じかにお話を伺い、撮影現場の一部も見せていただきました。ツキノワグマに関するgakuさんの姿勢は、現在のところ、保護でも駆除でもなく、事実を客観的に描いてみたいということだと思っております。
自身でおっしゃっている通り、「自然界の報道写真家」として、自然を人の側からばかりでなく、自然の側から見て、物の見方のバランスを取りたいという、強い願いをお持ちで、これが、gakuさんの根底にある自然観であると勝手に思っております。
ツキノワグマに関しては、保護派、駆除派、それぞれにいろいろな意見がありますが、両派の人々に共通しているのは、ツキノワグマを人の側からしか見ていないということです。人の側からだけ見た自然観で、自然を保護しようとするのも、破壊しようとするのも、どちらも思い上がりであると思っている私は、自然の側から、人を見せてくれるgakuさんという存在は、きわめて貴重なものに思えてきます。
ツキノワグマが多い、少ない、増えている、減っているという議論は、ある程度正確に、その実数を捉えないことには、いずれの議論も根拠が無く、儚いものであろうと思います。
gakuさんが、今、取り組まれているのは、まさしくその問題です。ロボットカメラを24時間稼動させて、個体識別をしたうえで、その数をある程度つかみ、異なるが、相互に関連する7箇所の現場を観測することで、その行動も、できうれば明らかにしてゆきたいという試みに思えます。
至極当然のことですが、このような試みが、ツキノワグマと人の接する、日本の各地でおこなわれ、そのデータが積み上げられることによって初めて、「具体的な実数」に基礎を置いた、議論が始められるものと思っております。
コメント by 小坊主 — 2007/1/6 土曜日 @ 13:47:39
現在、野生動物の調査研究は、どうしても罠で捕まえて計測したりテレメを付けて追いかけたりすることを、「いかにも調査だ」といってるように思います。
ましてそれを手伝う若い学生諸君もそうした「調査ごっこ」を、いかにも何か特別な良いことをしているように感じます。(Gaku先生の言うところの「小娘」・・・私も現場で何度か同じ思いをしています)
シカでもサルでもムササビでさえそういった現場に出会います。
特にツキノワグマの場合は危険度も高いので、若い諸君が不思議な正義感というか高揚感にとらわれるのはよくわかりますがね・・・でも、もうそんな時代ではないでしょう?
はたして、そうしたことをクマの保護のために「活かせる」のなら良いことでしょうが、すでに「いじめ放獣」にも疑問が出ている今、Gaku先生に学び、予算をクソ学生のアルバイト代と飲み食いに使わず(もちろん手弁当、持ち出しで調査している方々もいらっしゃるのは重々承知です)ロボットカメラに使ってはどうでしょう?とつくづく思うのです。
せめてJRDBが示す、日本国内のツキノワグマの生息地域7箇所にはセットしてモニターしては?と思います。
出てきたから撃つ、出てこないように柿をもぐ・・・といったマイナスの対処だけではなく、そろそろこちらからカメラで行動を監視することで、具体的な対処・管理を模索するときが来ているように思います。
その中から個体識別の目を養うといった付加価値も期待できて、野生動物調査全体の底上げになると思うのです。
そういう意味でGaku先生の取り組みに、大いに共鳴する者の一人です。
コメント by くまがい — 2007/1/6 土曜日 @ 21:07:35
>別にボクは研究者になるつもりはないし、専門家になるつもりもない。
ツキノワグマという日本の野生動物の知られざる一端を自分の技術でどこまで迫ることができるかということに興味があるだけである。
まさに、「自然界の報道写真家」の言葉ですね。重みがあります。
gakuさんの視点から観る自然界には、毎度驚きの連続です。
昨年のツキノワグマの出没状況ですが、こちら山梨でもご他聞にもれず電車にぶつかったり旅館のロビーを走り回ったりと異常でした。
コメント by もっち — 2007/1/6 土曜日 @ 22:43:24
昨年のクマの異常出没について、みなさんはいかにお考えでしょうか?
僕は、最大の原因は地球温暖化がもたらしたものだと思っています。近年の平均気温の上昇で、農作物の収穫に多大な影響が出ていると聞きます。特に果実がなる樹木等は、一番に影響を受けたと聞きました。特徴的な事は、果実の収穫時期が早まっているという現象です。場合によっては結実しない木が増えたり、亜熱帯に生存するはずの病害虫等の被害が確認されたりという現象もあると聞きます。本来の植生が変化しているのかもしれません。
クマは森で生活する生物ですから、クマだけを見ても異常出没の原因は見えてこないのではないかと思います。森に住む生物達の食料の生産の場である森全体において、一体何が起きているのかを考えなければならないのだと僕は思っています。
コメント by poi — 2007/1/6 土曜日 @ 23:47:55
>森に住む生物達の食料の生産の場である森全体において、一体何が起きているのかを考えなければならないのだと僕は思っています。
百の講釈より一の事実ですから、森の中でなにが起きているのか、考えたり思いこんだりするより、実際に見てきてはいかがですか。
宮崎氏は実際に森の中で起きている事象を我々に報告しています。
それをどのように読み、解釈するかは、それぞれの見識によるところが大きいでしょう。
少なくとも、poi さんのコメントで示されている見識は、すでに宮崎氏のブログや書籍で語り尽くされていることです。
かねてより宮崎氏は 「複眼思考」 で自然界を見よと仰っています。
一つの事象を多角的な視点から捉え、それに纏わる現象を視野に入れながら考察して物事を解釈せよというわけです。
ツキノワグマの無人撮影は、それまでの宮崎氏の経験や実績を元におこなわれていることであり、このことだけでクマやそれに纏わる自然界を語っているわけではないことは、宮崎氏を知るものにとっては常識です。
私はpoi さんのコメントを否定しているのではなく、poi さんの仰っていることはすでに百も承知で、さらにさらに深いところで、このブログに書かれていることは、おこなわれているということです。
poi さんのコメントは 「木を見て森を見ず」 の例えを示しているのだと思いますが、「木も見れずして森を語るべからず」 ということもあります。
一つ一つの事象を丹念に検証し積み重ねてゆき、今の自然界で起きている現象を正確に捉え、これからのあるべきビジョンを組み立てるのが必要なのだということです。
図らずも宮崎氏の行動や実績が、既成概念に一石を投じることもあるでしょう。
逆に言えば、石も拾わずに 「一石」 を投じることは出来ないということですね。
一人では身の回りの 「石」 しか拾えません。しかし、まだ少数ですが全国各地で 「石」 を拾いはじめている方々も存在しています。
その 「石」 を集めて、投げるのではなく、たとえ 「小石」 でもコツコツ積み重ねていけば、強固な基礎が出来上がると思います。
poi さんの一連のコメントの中には、そのような 「石」 が見うけられませんが、そのような 「石」 をすでにお持ちであれば、ココに投げてみてはいかがですか。
その 「石」 がどのような波紋を描くのか興味があります。
もし、そのような 「石」 をお持ちでないのなら、今一度、このブログをはじめから良く読むことをお勧めします。
そうすれば、少なくともクマに関してはどのような 「石」 を拾って投げてみるか、もしくは積み重ねてみるか、ヒントにはなると思います。
コメント by stma — 2007/1/7 日曜日 @ 4:27:03
「山に食べ物が無くなったからクマが出てくる・・・」というマスコミを含めた一般の意見に対してgaku先生は、地元猟師と信頼関係を持つことで、解体したクマの脂肪が厚い、胆嚢が小さい、という事実を確認し・・・・ということは、必ずしもエサ不足だけとは言えないのではないか?!とおっしゃっています。
この地元との信頼関係こそが、フィールドワークの基本です。
「クマだけ見ている」のではなく、クマを見ることで正しいクマの環境、植生、文化まで見えてこなければ(見るようにしなければ)ならないのでは?という、捕まえてテレメだけつけて、実は何も見えていない現在の「動物調査」への、問題提起と警鐘なのだと思いますが。
コメント by くまがい — 2007/1/7 日曜日 @ 13:20:18
そうですね。いろんな角度からものを見る事はできにくい事ですね。そして、見させる為に、石を投げてみる事。これも、できにくい事ですね。
僕は、まだ知らない事のほうが多いので、とても石を投げれるような者ではありません。でも、いつかはそのような存在になれればいいと思います。
氏がどのような視点から、石を投げられているかは、僕には見えないこともあるかもしれませんね。
森には度々足を運んでいます。本当の答えなど見つからないのかもしれませんが、いろんな事を知りたいと思います。
また勉強していこうと思います。
いろんな意見を聞ける事は幸せな事ですね。これまた勉強になりました。ありがとうございます。
コメント by poi — 2007/1/8 月曜日 @ 21:41:37
投稿内容も、考え方も青二才じゃね!
べんきょうしても、gaku先生の力にはとうてい及ばずでしょう、、、
画面文字化けです?!
コメント by tori-togawa — 2007/1/9 火曜日 @ 22:43:39
「本当の答えを見つけるために森に入る」んだったら、森は相当迷惑だと思うよ。
それって「自然に入ると都会のストレスを忘れる」・・・と言う輩と、全く同じ構図だもの。
コメント by くまがい — 2007/1/12 金曜日 @ 4:17:23