なぜツキノワグマは人を襲うようになったのか?自然の変化を鋭く見つめ続けてきた動物カメラマン宮崎学が送る新メッセージ
2010/11/23 火曜日   ツキノワグマ日記

ツキノワグマの生命も人間たちの「金」次第

「オリの中に動物が入っていても役場へは連絡しないでください」

有害駆除としてニホンザル捕獲を目的としている檻に、9月中旬からこのような張り紙が出されていた。
これを見て、オイラはここに書かれている「動物」とは何を意味しているのかがすぐに分かった。
それは、「ツキノワグマ」のことを指しているからである。
そして、この張り紙はまさにツキノワグマを密殺するためのサインであり「確信犯」でもあるからだ。

実は、この檻をオイラは2006年からそっと監視している。
ここには、ツキノワグマが毎年まちがいなくかなりの数で錯誤捕獲されていることは知っているからだ。
そして、この檻の設置者は個人的に内密でツキノワグマを殺害していることも知っていた。
しかも、殺したツキノワグマの肉などを売るでもなく、証拠が残らないような埋却処理をしていることも、知っている。
まさに、獣害に苦しむ近隣の人々のために、この檻の設置者は使命感として、ツキノワグマを殺しつづけていたのである。
その数は、びっくりするくらいの数字にのぼっている、と思われる。

このような事実を知るには、オイラも檻の設置者に気づかれることなく、さりげなくここを訪れては捕殺の有無を檻に残された熊のサインから探っている、のである。
もちろん、檻の設置者とは話しをしたこともなければ面識もない。また、これから先も接触をもつつもりもない。
だから、これからもオイラはこの檻での出来事を静かにそっと観察していくことであろう。

ここで、ツキノワグマが捕殺されていても、オイラはそれをやめろということも言えない。
かといって、やっていいとも言えない。
とにかく、年間どのくらいのツキノワグマが捕殺され続けているのかを、オイラなりに分析しているのである。

もう、5年も見届けているにもかかわらず、ツキノワグマが殺されても殺されても、ここにはとにかく次々に新しい熊がやってきて、この檻に入ってしまうのである。
むしろ、こうして、新しい個体が次々に湧いて出てくることに、オイラには最大の関心がある。
そのくらい、ツキノワグマは予備軍をたくさんもっているということがいえるからだ。
このため、ツキノワグマの本当の数を知るためにも、ここは静観することがいちばんいい、と判断している。
もちろん、ツキノワグマが目にみえて減っていくようなら、オイラだってそれなりの行動にもでるつもりだ。

この檻の延長線上には、小中学生の通学路もある。
果樹農家のリンゴやナシ畑もある。
もちろん、住宅もある。
そこいらに、ツキノワグマが出現する前に、出没ルート上のここで捕殺されているから、ある意味では通学路や住民被害の安全が確保されている、といってもいい。

「動物が入っていても役場へは連絡しないで下さい」ということにも、意味がある。
それは、イノシシ檻などにツキノワグマがまちがって入ってしまえば、錯誤捕獲なので原則として逃がさなければならない。
このときに、大学の先生などを呼んで麻酔を打ち檻から逃がすのであるが、この際、研究用にツキノワグマの歯を抜き、血液を抜き、体毛の一部を剃り、場合によっては耳にタグをつけて放すのである。

この処理費用が市町村負担金として、一頭あたり2万5千円ほどが地元で必要となる。
これが、20頭、40頭ともなれば、財政難の市町村ではかなり負担となる。
だから、市町村によっては、イノシシ檻などの扉を閉めて、ツキノワグマが錯誤捕獲されないようにして欲しいという触れを出すところもある。
そうなれば、農家としても、悪さをするイノシシやサルの捕獲は見込めないし、確実に被害も出てしまう。
だからといって、ツキノワグマのために農業補償を行政がしてくれるわけでもない。
加えて、熊に襲われ死者や重症を負うような人的被害が起きても、行政はまったく面倒をみてくれないからやられ損ということにもなる。
だったら、行政の言うことは聞けないし、ツキノワグマが異常にたくさん生息しているということは地域住民がいちばんよく知っていることなので、密殺ということになってくるのである。

このような密殺は、それぞれ各地域の有志によって相当数が行なわれているらしい。
それによって、地域の安全が確保されているのならば、それも致しかたのないことだと思う。
また、大学の先生が来ても、捕まった熊を調査していくだけで、農家には何のアドバイスもなければ利益もない。
しかも、その先生には地元負担金とほぼ同額の金がさらに県からも支給されているらしいとのウワサもあり、いい思いをしているのは大学の先生や熊を守れといいつつ放獣作業を行なっているNPO保護団体ということである。
そのことに気づいた地域住民は、はじめのうちは行政の言うことを聞いて協力もしていたが、農家が犠牲となって手伝っていることへの疑問を感じるようになった。
さらには、捕獲してから再放獣する行為が「手負い熊」をつくっているとなれば、ここはやはり「協力」はできない。
ということで、「動物が入っていても役場へは連絡しないで下さい」、ということになってくるのだ。

国でも、県でも、愛護団体でも、補償と安全確保さえきちんとしてくれればツキノワグマ大量出没地帯の住民はこのような実力行使にはでないであろう。
こうして、一部地域の有志が犠牲となってツキノワグマの密殺に走っているが、絶対的にツキノワグマの生息数の分母が大きくなっている以上、今後も大量出没は繰り返されるにちがいない。
それなのに、このアドレス ↓ をみれば、長野県ではあきらかに調査することを放棄している。

http://www.jstage.jst.go.jp/article/mammalianscience/48/1/48_73/_article/-char/ja

公務員として県民から生活させてもらっているのに、個体数の調査をはじめから投げているではないか。
この二人の所属部署からの発言は、長野県下では大きな責任をもって地域では受け止められ、左右されていく。
それゆえに、技術のないことへの防衛線をまず張っているところがおもしろい。
長野県下で捕獲されたツキノワグマの頭蓋骨ばかりを集めて計測したり、結果の出ないヘアートラップなどによる調査を悪いとはいわないが、遅々としていて、結果が出るころにはツキノワグマをとりまく環境も大きな変化をきたしているであろう。
県の職員ならば、時代を読んだセンスある頭脳に成長しながらいま何をやるべきなのか優先順位をも考慮し、税金の使途も考えるのがふつうである。
2年前までは希少種のツキノワグマを守らなければならないといって「保護行政」の先頭に立っていた職員も、いまでは有害動物捕獲のまったく逆となる立場の部署に移動して職員を続けている。

「動物が入っていても役場へは連絡しないで下さい」
こういった張り紙の指導も、ひょっとしたら行政サイドから出てきているのではないのかと勘ぐりたくもなる。
まさに、ツキノワグマの生命も、現代社会のこの時代にうごめく人間たちの「金」次第、ということである。
なので、いま公開されている生息数や捕殺、目撃数などの数字はまったくアテにはならない、と思うべきである。

写真:
1)サル捕獲檻の前に張り出されたこのメッセージは、まさに時代を読んだサインだから「自然界の報道写真家」として見逃すことはできなかった。
2)いろいろな捕獲檻だが、ツキノワグマはここに写るすべての檻で捕獲は可能だ。
3)捕獲されてしまった動物たち。
4)檻の扉が閉じられていたから、この熊も錯誤捕獲されずにすんだ。
5)ある行政が管理する檻も、ただいま「冬休み中」。右2つは、カラス檻。黒いドラムカン2つは、熊専用檻。左に8つほど見える小型の檻はイノシシ用だけど、これらの檻でどれだけの熊が錯誤捕獲されたこと、だろうか。左の画面外にも、檻はさらに続く。

(from/ gaku )

コメント&トラックバック

12 Comments

  1. 地元住民の対処の素早さ、そして、したたかさ・・・それだけ現場は、切羽詰っていると言うことですね。

    上記のアドレス先、推定生息数1,881~3,666頭って、かなり幅があるけど、数字が末尾までやたらと細かいのは何でだろう。。。
    ツキノワグマの稀少を唱えてきた行政も、これだけ目に見えてツキノワグマが闊歩してきたから、どのように対処すると思いきや調査放棄とは・・・いやはや、何とも。

    今回のブログを見て、冷や汗を掻いている人達、沢山いそうです。

    Comment by もっち — 2010/11/23 火曜日 @ 23:42:21

  2. 私がよく行くツーリング先に、すごくデッカいツキノワグマを檻に入れて飼ってる所があって、いつも行く度にシゲシゲと観察するのですが、クマって頭がくぐりぬける間口があれば身体も通り抜けてしまうんですよね、手品みたいでおもしろいです。

    狩猟で使う箱ワナだとクマが逃げれる穴を天井に開けとけ、となっているのですが有害鳥獣駆除で猿を獲る場合そんな事をしたら無意味になってしまいますからねぇ、猪だったら問題ないのですが。
    と言って、入り口を開けて逃がすわけにもいかないし‥。

    どっかの団体が麻酔費用&大学の先生代を出してくれれば丸く収まるのでは?
    あれだけ騒いでるのですから期待したいですね!

    Comment by いち猟師 — 2010/11/24 水曜日 @ 0:16:08

  3. こんにちは。記事やコメントを通読して思ったことを率直に述べます。

    まず、私が嫌いな環境保護団体とは以下のようだと感じています。

    正しいか誤っているかという話は別として、自分の理論が否定されれば、理論を用いて反論するのではなく、およそ反論とは言いがたい感情的な意見を持ち出す。絶対に否定的な意見は認めない。聞く耳を持たず頭から否定する。もしくは、聞かなかったことにする。

    その信奉者は、自ら客観的にさまざまな角度から考察することもなく、権威や実績のある人物やサイトが主張していることを理由に絶対的にそれだけを信じ込むし、同じく否定意的な意見に耳を傾けない。

    では、このブログはいかがでしょうか。
    反発し合っているのに似ているなんて、とても皮肉なことですね。

    Comment by 紺 — 2010/11/24 水曜日 @ 12:42:16

  4. なるほど、うなずけます。熊を隠れて殺していたとしても、うなずけます。だって、自分の命に関わることですから、行政が助けてくれないなら、自分で檻をかけて、自分の家族や家を守るしかないですよね。住宅地は自然保護地区じゃないのですから、熊が近づくなんてありえないと思います。そのめりはりが日本にはない気がします。自然との調和はあるのかもしれませんが。

    Comment by Daniel Mama — 2010/11/24 水曜日 @ 19:30:27

  5. 初めてコメントします。

    法律職に就く京都市在住・30代の男です。
    子供の頃から野生のツキノワグマに興味があり、平成18年大量出没の際には、何故捕殺するのだろうと素人ながらに心を痛めていました。

    偶然、このサイトを目にする機会があり、3年前から愛読させていただいています。宮崎先生の著書やこのサイトを何度も熟読し、ツキノワグマの現実を知り、今では月一回、福井県大野市・勝山市に出かけ一人でその痕跡を探しています。

    今回の記事を読み、私は「紺」さんと全く違う感覚を覚えました(「紺」さんへの批判ではありませんので悪しからず。)。現場を熟知する方のフラットな視点からの記事だと感じました。私はクマの居ない街に住む素人ですが、少なくともこのブログが「否定的な意見に耳を傾けていない」とは思えません。同じ記事を読んで、違う感覚を持った人間もいることだけは伝えたいのです。

    私もいつか「黙して語らない自然が好き」と言えるようになりたいです。

    Comment by 素人 — 2010/11/24 水曜日 @ 20:42:02

  6. 某村で夏前からずっと目撃され続け、しょっちゅう防災無線をにぎわせていたクマがいました。
    その某村の人に「あのクマどうなった?」とたずねましたら、
    「黒い鹿になった」との返答でした。
    法律守って、そのとおりになんかとてもやってられない、と。

    我が自治会に住所は隣村というお宅があり、そこにはクマが来ても隣村のことと言う扱いで防災無線は流されません。
    事程左様に行政のすることは、四角四面で間が抜けています。

    マスコミにしても、この夏、秋のクマ達のセンセーショナルな動きには、ずいぶんおいしい思いをさせてもらったことだろう、と思います。
    ドングリやナラ枯れで安易に納得してしまうのは、クマヒト双方にとって不幸なことです。

    紺様、おっしゃりたいことがいまひとつわかりにくいのですが、
    どうでしょう、クマが日常的に出没する地域をたずねてみて、そこに住む人々の話を聞いてみては。そこからまたなにか開けて来るものもあると思うのですが。

    Comment by あーる — 2010/11/24 水曜日 @ 22:39:15

  7. 私が思うのに、このブログは現場で起こっている現実をを語っているのであり、それをどう受け止めるかは読んだ人それぞれ。
    自分の考えと違うのであれば、ブログを読まなければよい。

    私はコウノトリやトキの様に絶滅寸前になった動物は保護しなければいけないが、熊、猿、イノシシなどの野生動物に少し餌不足だからと言って、山にドングリなどを撒くのは良くないと思っています。それは野生動物の餌付けと植生の破壊でしかない。
    熊が人里に出てくる様になったのも、人間が化石燃料に頼って山には入らなくなり、若い人が都会に出て行った為山村の過疎化、林業の崩壊が原因の一つと考えています。
    動物愛護、その通りです。しかし感情だけで行動すると現実が見えなくなります。動物愛護を非難することは誰も出来ない、しかし自分たちの生活、命が掛かっている当事者にとってはそんなこと言ってられ無いのが事実。自分の生活は自分で守る。
    少し山間地に行ってみればすぐに解る。手入れされていない杉林、ネットで囲われた田や畑、完全に負けてしまっている。せいぜいが檻の設置でしかないのが現実。

    Comment by ユタ — 2010/11/25 木曜日 @ 10:54:30

  8. 紺さんの意見に、身に覚えがあって冷や汗をかいている人もいるでしょうね、それはそれでこの意見に1票です。
    例えば、自然保護側による「環境アセス」なんてぇのがそれですね。
    同じ場所を調査しても、開発側のアセスと真逆の結果が出る・・・。

    自然と関わるときに大切なことは「取り込まれない」という、強烈な個性と自信だと思います。

    Comment by くまがい — 2010/11/26 金曜日 @ 23:35:41

  9. 少し前に長野県の山麓に住むに住む知人宅の庭先に親子のクマが出たそうです。その人は(都会からの移住者で、小さいお子さんなどはいません)やはり「奥山に餌が無い説」を信じていて、クマに同情していました。

    この前、何かと話題の某クマ保護団体のサイトを覗いてみました。「人里近くでいくら目撃されていても奥山は空っぽ」ということだそうですが、そもそも、あの団体の言う、「奥山」って何なのかと不思議に思いました。読んでいると、山の奥に人間が踏み入ってはならない「原始の森」があって、そこがクマたちの聖地だったのに、欲深な人間どもがそこを荒らしたから… みたいな話に受け取れました。

    私の住む埼玉県中西部では40~30年ほど前くらいまでは団地造成や、ゴルフ場建設などで多くの山が切り開かれました。でもそのほとんどは、元々人の出入りするスギの植林地や雑木林(薪炭林)でした。いわゆる“原生的な奥山”ではありません。そして、その頃はタヌキやキツネなどが出たことはあってもクマが人里に出たという話はありませんでした。

    スギ、ヒノキの造林が全国的に増えたのは戦前から戦後にかけてのことだと聞いています。もし、植林のせいでクマが数を減らしたとすればその時期だったと思うのですが…

    少なくとも私の住む近くでは、ここ30年以上は、そうした植林地の多くが放置されていて、山奥の集落は無人化しています。そして、まさかと思うような場所にクマが出没しています。特に目撃例が多いのは、江戸時代からスギ、ヒノキの産地として知られていた飯能市の名栗地区周辺みたいです。20年近く前にはそのあたりによくハイキングに行ってました。その頃はクマの噂などはまったくなくて、たまに大きな鈴をつけたり、ラジオをガンガン鳴らして歩いている人を見ると、ひどく滑稽に思えたものですが… 今は笑えません。あの頃、スギ林は(植林地としては)中を歩くと、たいていひどい状態でした。でも、たまにすごく良く管理されている林があったので、現在、「国産材ブランド」として一部、売れているのはそれかもしれません。あのあたりの山が全体としては、今どうなっているのか見に行きたい気がして来ましたが、正直、怖いです。

    宮崎先生の『となりのツキノワグマ』、本日、買わせていただきました。とても面白い御本ですね。長野の知人に送ろうかどうしようか、考えています。

    Comment by やまひめ — 2010/11/27 土曜日 @ 1:17:43

  10. はじめまして。このブログは「ツキノワグマ」という動物が置かれた現在の状況に、

    「興味を抱いた人ならば必ずやたどり着くに違いない」

    と思われる、新しい見聞と発想に満ちた魅力あるブログだと思います。

    ブログ主の宮崎学氏は「言わずと知れた」生態写真の第一人者ですよね。1980年代初めから自分が目にして来た宮崎氏の多くの著作には、このブログと共通の「野生生物から現代を知る」という一貫性も感じられます。その当時、報道カメラマンを志していた自分にとって「こういう野生生物の『見せ方』もあるのか」と、驚きの連続でした。その取材姿勢は変わることなく最新刊『となりのツキノワグマ』にも貫かれており、「事実はここにある」とも感じます。

    一方、このブログに投稿された「紺さん」はどなたかは存じませんが、投稿内容の最終部分を除いては、日常的にコメント投稿されている方々にも納得してもらえそうな話ではないでしょうか。「紺さん」が取り上げていると思われる「日本熊森協会」という集団が起こす行為と主張は、無知で不勉強な報道人によって急速に正当化されつつあるようです。

    最近も11/24夜放送のテレビ朝日系『報道ステーション』が、この集団による富山県上市町でのヘリコプターを使った「ドングリばらまき」を肯定的に取り上げていました。番組では「不法投棄の疑いすらある行為」という観点は完全に欠落しており、協会側の「クマがドングリを利用しているデータもある」という真偽が定かではないコメントを、検証なく垂れ流している。日本熊森協会はそんなマスコミの無邪気さを利用して活動を宣伝し始めており、事態はすでに「たかがクマの話」と見過ごせないほど「ヤバい段階」にあるように感じます。

    そしてこの「ツキノワグマ事件簿」という、ツキノワグマ界?を代表する面白いブログには宮崎学支持者だけでなく、おそらく日本熊森協会やその信者、ツキノワグマ研究者、星野リゾート関係者、ツキノワグマ好き、傍観者、野次馬カメラマン(当方)など、さまざまな人間たちが注目しているはずです。そこには当然、さまざまな議論賛否があってよく、北朝鮮や中国じゃあるまいし「公開の場」ですから閲覧も投稿も自由です。もし、

    「自分の考えと違うのなら、ブログを読まなければよい」

    「気に入らなければ来なければよい」

    と言うのなら、その人こそが自ら「閉じられたコミュニティー」へと去り、そこでこじんまりと平和に

    「今夜もツキノワグマを語りながら一杯」

    でもやってればよいのではないでしょうか。投稿者はブログ主に対して媚びる必要は何もありません。しかし自分がこのブログの記事と写真から感じるのは、ブログ主が発見した「事実が(充分に)語っている」ということです。宮崎学支持者の方々が先生に媚びなくたって「事実は語っている」。

    では、自分が体験している事実も書き添えておきます。約5000頭ものツキノワグマが捕殺された2006年、撮影に通う北アルプスでは一度もクマに出会えませんでした。今後「もうツキノワグマには出会えないんじゃないか?」と悲観的に思っていました。それが…翌’07年に3回、’08年11回、’09年18回と年を追うごとに遭遇機会が増え、今年は山に行く機会がやや少なかったにもかかわらず、20回の出会いがありました(ほとんどが日中の遭遇)。データ化のしようもない数値ではありますが、このブログからいち早く発信(読んだのは最近)されていた「ツキノワグマはべらぼうに増えている」という主張には納得せざるを得ません。では。

    Comment by ぴかぶうの雇い主 — 2010/11/27 土曜日 @ 18:45:03

  11. クマが増えているのか、減っているのかの本当の所は誰も分かりません。それは、信頼すべき基準となる数字がないからです。極端な話であれば、同じ数字でも、これだけ増えているということもできるし、こんなにも減ってしまったということもできます。
    gakuさんがこのブログや著書で増えていると言っている訳ですから、その意見に反対の人は、減っているという根拠を示せばよいと思います。とくにgakuさんは、御自分なりに根拠をしめしているわけですから、そこに意見を言うことは可能なはずです。例えば、「となりのツキノワグマ」に掲載されているクマの皮下脂肪の厚さですが、2006年の撮影と説明されていますが、ドングリ豊作の他の年に撮影したのではないかと質問することも可能なはずですよね。私にとって、この本はひじょうに読みやすかったです。それは目的とそれを検証するための方法が順序良く記述されているからです。そういう目的を持った本において、嘘を言っても仕方なかろうと考えますし、アニマという雑誌にgakuさんの写真が掲載されていた頃を知っておりますので、疑うことなく信用しております。
    gakuさんや他の方々がコメントで「このブログや本を読んだら」と言っているのは、もっともなことだと思います。せっかくコメント欄があるのですから、一読してから疑問点を書き込めばよいのではないでしょうか? それが皮肉や嫌味だけなら、gakuさんが呈示している事実を受け止めざるをえないからだと思います。それだけの説得力があるからではないでしょうか。おそらく、gakuさんと意見を異とする人の多くは何も言わずに去っていっていると思います。それが、どうしても一言言ってしまうということは、同じ土俵にあがってしまったということなのだと思います。
    どうせなら、皮下脂肪8CMが厚いのか薄いのかの議論になった方がおもしろいのではないかと私は思いますが。

    Comment by プロキオン — 2010/11/29 月曜日 @ 12:03:31

  12. コメントが出尽くしたようなので、ここで返信します。

    ■もっち さん
    ツキノワグマの保護、捕殺を云々するまえに、やはり、まずは頭数をきちんと数えられるスキルを行政や研究者が確保することでしょうね。

    ■いち猟師 さん
    その飼われているツキノワグマは、胸に三日月のない「ミナグロ」ではないでしょうか?
    そのクマだったら、そのうちに大きな事故を引き起こすのではないか、とその管理方法をみてオイラは心配しています。

    ■紺 さん
    やはり同じ穴のムジナとして、土俵に上がってしまいましたね。
    そして、最後の一行は、「怨嗟」の捨て台詞とも受け取れました。
    いろいろ語る前に、きちんとフィールドで行動して答えを出せるようになって再び登場してきてください。

    ■Daniel Mama さん
    都会のマンションの踊り場付近に、包丁をもった変質者がうろうろしているとなれば、
    それはそれで、地域住民は不安になると思います。
    それが、地方のツキノワグマ出没地帯での「変質者」は野生のツキノワグマなのです。
    そのクマは畜生なので、言葉も通じなければ行動予測もできません。
    そして、その爪と牙は、都会の「包丁」と同じものを意味すると思います。

    ■素人 さん
    「黙して語らない自然が好き」…、いい言葉でしょう?
    これは、オイラのオリジナルな言葉ですからね。
    自然界と深く付き合っていけば、自然とこのような言葉はでてくるものです。

    そこで、
    福井までどんどん通って、自然が好きといえるようになってください。
    期待しています、よ。

    ■あーる さん
    やっぱり「黒い鹿」、ですか。
    信州だけでなく、全国的に黒い鹿の捕殺は起きていること、でしょう。
    それは、地域住民の的確な判断だと思います。

    ■ユタ さん
    >自分の考えと違うのであれば、ブログを読まなければよい。

    それでいいと思います、よ。
    ブログで知ったからといって、オイラ本人にいろいろ言われてもたまらん、です。
    ボクならば、もしそういう情報が他人のブログから入ったのならば、自分の暮らす地域ではどうなっているのかと実際に調べてみる行動にでますが。

    ■くまがい さん
    >自然と関わるときに大切なことは「取り込まれない」という、強烈な個性と自信だと思います。

    それとオイラは、自分の言葉のために時間と金を使って行動します。
    そこから得られたオリジナルな言葉しか発信しません、から。

    ■やまひめ さん
    「となりのツキノワグマ」どんどん知人に紹介してください。
    そうすることで、たしかな自然観が育つから、です。
    増刷になりましたので、まだまだ買えますから、どうぞ。

    ■ぴかぶうの雇い主 さん
    的確な意見をありがとうございます。
    北アルプスで調査をされているみたいですが、先日もオイラはいろんなところを見て歩きました。
    たしかに北アルプスには、ツキノワグマがものすごく生息していますね。
    実際にでかけてみて、驚きました。

    なので、
    身銭を切って調べようとしない人たちに「ヒント」を与えるのも悔しいので、どのように観察してきたかは秘密にしておきます。
    どこかでお会いできると思いますので、そのときには観察ポイントなど具体的に語り合いましょう。

    ■プロキオン さん
    とてもいい意見をありがとうございます。
    的確な意見が言えるように、実際に身をもってツキノワグマと付き合ってきた人たちとはいい議論をしたいもの、です。

    Comment by gaku — 2010/12/8 水曜日 @ 12:52:37

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