熊ハンターの懐へとびこむ
クマ、イノシシ、シカなどの大物を捕る猟師たちが、伊那谷にもいる。彼らは「大猟」といい、なかなかにプライドをもっている人たちだ。
そんな大物猟師たちに会ってみたくなって、機会をつくってみた。
しかし、ボクが実際に出かけていくとずいぶんと警戒された。
猟師『ミヤザキさんは、自然保護派じゃあないのかぇ−?』
gaku『いや、ボクは自然保護派でも狩猟派でもないです。
中立的立場で自然界をみつめている写真家、です。』
gaku『みなさんは、獲物をライフルで射止めるかもしれませんが、写真家のボクにとっての「ライフル」は望遠レンズなんですよ。
そして、ワナ猟はボクにとっては無人撮影ロボットカメラなのです。
だから、ボクは獲物を直接殺しはしないけれど、モデルとしての抜け殻だけはいただく。しかも、何回もモデルになってもらったほうがクオリティーの高い仕事ができるから、野生動物たちとの付き合い方だけは学んでいるつもりです。
したがって、獲物に向かうアプローチはみなさんたち猟師とまったく同じだと思っていますよ。』
こんなボクの話を聞いていた猟師の親分は、5人の仲間をしたがえていたが、
『ようーし、気に入ったぁー とことん飲もうじゃあないかー。』
そういって、実猟のいろんな話をはじめてくれたのだった。
もっとも、ハンターたちは獲物を射止めるまでが仕事なので、ボクのように「獲物」との長いお付き合いをしていくことはない。
だから、話をしていても、そこはやはり猟師たちよりアプローチとしてはボクのほうがはるかに場数を踏んでいるから、こうして啖呵を切れるのである。
しかし、このような猟師たちの懐へ飛び込むことで、いろんな実例を知ることができるし、それを自分の感覚や発想へむすびつけることには意義がある。
こういう実感と即戦力につながる話しは、自然保護だけをとなえている人たちにはできないことであるから、猟師たちを敵にまわすより仲良くなっていたほうがプラスにはなるだろう。
自然界を語るにはバランス感覚が必要だから、こういうことができないと情報も偏ってしまうからだ。
もちろん、そんなボクだから猟師に勧められればクマやイノシシの肉だって食らう。
こうして、野生動物を語るには丸ごと自分のモノとしていかないと、なにも見えてこないからである。
写真:軽トラックの荷台に横たわる120kgのクマと80kgのイノシシ。こうした獲物を目の前にすることで、自然を知る思考力がひろがるのがいい。


さすが本職。
実に見事に解剖してありますね。
こうなると、屠場の枝肉一歩手前という感じで、私には、もうすっかり、肉に見えます。
今日は、我が家も、「極上」シシ鍋を楽しみました。
コメント by 小坊主 — 2006/12/9 土曜日 @ 21:05:11
>丸ごと自分のモノとしていかないと、なにも見えてこない
野性動物を食べることにアレルギー感じる「保護」関係者が多い、ですね。
コメント by クワ — 2006/12/9 土曜日 @ 21:29:57
イノシシ肉の入った鍋を食べてきました。酒粕で臭みをとった、濃厚みそ鍋。カニも入っていて上手かったです。子供達も喜んで食べているし、良い教育ですよ!
コメント by うりょ — 2006/12/10 日曜日 @ 11:48:46