なぜツキノワグマは人を襲うようになったのか?自然の変化を鋭く見つめ続けてきた動物カメラマン宮崎学が送る新メッセージ
2006/11/30 木曜日   ツキノワグマ日記

ツキノワグマに襲われた小学生…

懺悔の熊

1957年 11 月3日午前7時30分ころ、長野県駒ヶ根市で通学途中の小学生男児がツキノワグマに襲われた。

IKさん、小学5年生。
IKさんは、家を出て小学校へ向かう途中で、一瞬のうちにツキノワグマに襲われたのだった。
ツキノワグマは、大型トラックのタイヤのようになって猛スピードですっとんできたという。
そして、そのまま覆いかぶさってきて、顔面を爪でひっかき牙で噛んだのだった。
IKさんはこのとき、顔の骨がくだける音を聞いていたという。

襲ったクマはすぐに逃げたが、近所を歩いていた別の子供たちに通報された。
当時は、まだ救急車もなかった時代であり、IKさんは戸板の上に寝かされて病院へ連れていかれたのである。

病院へ着いたところで、IKさんは気を失った。
そのあとで、目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。
病院では、IKさんの顔面があまりにも損傷がはげしく、右目が飛び出してしまっていてどこにあるかもわからず、探しまわったそうだ。
ようやく眼球をみつけて手術をしたが、この目はほとんど視力を失ったまま今日にいたっている。

そのIKさんに会い、ボクは当時の様子を聞くことができた。
子供のころツキノワグマに襲われて顔に大怪我をした人が駒ヶ根市内にいるということは、以前から噂ではきいていた。
しかし、あまりにも悲惨な体験をしているだけに、これまでボクは会うのを躊躇していたのだった。

しかし、ここはやはり、会って話しだけでも聞いておく必要があった。
人づてにIKさんの連絡先を聞き、思いきって電話をいれてみた。
そうしたらIKさんは、

『なあんだぁー ミヤザキさんかぇー 俺も一度会いたいと思っていたんだよぅ。
俺の体験でよければ、なんでも話すから一杯飲みながら鉄砲仲間と語ろう…ぜ。』

IKさんは、昭和21年生まれの60歳だった。
ツキノワグマに襲われたときは、11歳。
以来50年近くを生きてきたが、ツキノワグマのことは一度も忘れない人生だった。

事故後、中学生のころは顔を包帯でまき、右目には眼帯をつけて毎日登校していたのだった。
当時の同級生たちにも会ったが、涙腺を破壊されていたので眼帯も包帯も涙でいつも濡れていたという。
同級生たちは子供心にも、気の毒なのでみんなでかばいあっていた。
「いじめ」てはいけないと、同級生の皆が思いやる時代でもあったという。
IKさんにはそうした背景があったから、明るく前向きにこれまで生きてこられたのだった。

しかし、19歳くらいから「顔は人生の看板」なので、それなりに悩み苦しんだそうだ。
このころより、東京の大きな病院へ入院して顔面の手術を何回となく繰り返したのだった。
IKさんの父親は、IKさんの生まれる前に亡くなっており、お母さんひとりですべて面倒をみたそうだ。
IKさんには姉と兄がいたが、事故当時にはお母さんがIKさんの病院へ付き添ってしまったので、兄姉たちがどのような生活をしていたかも不明だったという。
まさにツキノワグマによって家族全員が一瞬にして、不幸の苦しみを味わうことになってしまったのだった。
医療費から生活費まで、母親がすべて工面していたそうだが、いまでもそのときのことは何も語らない、という。

やがてIKさんは、29歳のときに将来の伴侶となる奥さんと出会い結婚する。
一男一女にもめぐまれて、いまは幸せな家庭もある。
現在でも右目の視力がなく正対しても顔面には深いキズを残しているが、人生を諦めずに前向きに生きてこられたことに感謝をしていた。
しかし、ツキノワグマに対する憎しみはずっと抱きつづけており、猟銃をもち何頭かのクマを仕留めてもいる。

つい最近も、キノコ採りをしていたらツキノワグマの母子に遭ってしまった。
母グマはIKさんのところまですっとんできたが、3mのところでにらみ合いになった。
丸腰のIKさんだったが、クマに苦しめられた人生だけに、内面から出るクマに対する「殺気=オーラ」には強いものがあった。
母グマもそんなIKさんに気後れしたのか、やがて横っとびをして逃げていったという。

写真:この写真は、どうみてもクマが懺悔しているように見えてならない。

(from/ gaku )

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6 Comments

  1. >「いじめ」てはいけないと、同級生の皆が思いやる時代でもあったという。

    「いじめ」は過去現在未来、永遠になくならないと思いますが、確かに昔は、暗黙の了解で、「そこまでは、ダメ!」というルールがあったと思います・・・。
    しかし、現在の「いじめ」の現実は末恐ろしいものがあります・・・。

    Ikさんは、とても素敵な方ですね。そして、何より強い人です。

    Comment by もっち — 2006/11/30 木曜日 @ 22:38:42

  2. 私も一昨年、富山でクマに襲われた人に会って話しを聞く機会がありましたが、IUCNがどうの、RDBがどうの、自然保護がどうのという机上の話は吹っ飛びます。

    「ツキノワグマ」の本、買いました。

    Comment by くまがい — 2006/12/1 金曜日 @ 11:44:26

  3. 感動的なお話です。
    考えさせられることも、多々、あります。

    Comment by 小坊主 — 2006/12/1 金曜日 @ 12:20:13

  4. ニュースで「クマに襲われ、顔などに怪我」とあっても、部外者は詳しい事までわかりません。
    そしてクマ関連の文献では、こういう側面を網羅していないのです。

    前から聞きたかったので、興味深く拝見しました。

    Comment by クワ — 2006/12/1 金曜日 @ 16:48:40

  5. これだけのことがあっても環境省から出されたクマ対応マニュアルとやらはどちらかといえばクマ寄りの対応です(環境省だからしかたないか。。。)一度、被害を受けられた方たちも目を通していただきたいです。今回のような被害状況の話などはホント当事者で無い限り聞けない御時勢です。gakuさん、真ん中の立場で伝えていただきありがとうございます。

    Comment by ただぴょん — 2006/12/1 金曜日 @ 21:12:59

  6. 小谷村に住む知人のおばさんに会いました。クマにやられた子は近所の子。動物愛護団体らしい人から「クマを守れ」電話やメールが役場にいくつも来ているのに憤慨していました。「こういう人たちは何を考えているんだろう。この子の親の身になってみたらわかりそうなもの。このクマは捕られて当然」その通り。

    Comment by いなかもん — 2006/12/1 金曜日 @ 21:16:00

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