なぜツキノワグマは人を襲うようになったのか?自然の変化を鋭く見つめ続けてきた動物カメラマン宮崎学が送る新メッセージ
2010/1/21 木曜日   ツキノワグマ日記

平成時代の熊を語る独自な発想力…

今年も、新しい年がやってきた。

ここ5年ばかり、長野県のツキノワグマを追ってきたが、こんなことをいつまでもやっているわけにはいかない。
今年あたりで区切りをつけよう、と思っている。
ボクは、研究者でも、専門家でも、行政でもないのだから、自分自身が納得するまでツキノワグマのことを知ればそれでいい、からである。
ツキノワグマは確実に増えているし、ボクにとっては普通に棲む日本の野生動物であるということも分かったので、一定量の仕事ができてしまえばそれでいいのである。

日本のツキノワグマは今すぐ絶滅するようなヤワな生物でもないし、ドングリやブナの実りだけで左右されて生きているような単純な生物でもない。
それなのに、まったく新しい発想力を駆使して調査しないばかりか、その方法論や技術論も確立できないまま「ツキノワグマ絶滅論」を掲げて、日本中があまりにもの低レベルな自然思考に陥っていることへの再確認ができた、とボク自身は思っている。

日本中に何頭のツキノワグマがいて、現在の自然界でどれだけの数が適正なのか。
どこまで減少すれば絶滅するのか、どこまで増えれば余剰部分を間引いてもいいのか。
そんな基本的なことにも気づこうともしないまま、社会全体がツキノワグマのことをマクロ的に捉えることのできない発想力の弱い人間ばかりとなってしまった。

ツキノワグマには、必ず通る地域があるし、そこにはメインストリートとなる「けもの道」もできる。
集団でそのような地域を移動するツキノワグマだが、それでいて個々にいろんな食物嗜好もあることが分かっている。
さらには、時代の変化と共に現代社会をいろんな角度から学習しながら、メンタル面でもどんどん変化してきているのもツキノワグマなのである。
そして、ニホンジカの激増地域では、シカを捕食しているツキノワグマが確実に数を増しているのだから、食肉目「クマ科」動物としてのツキノワグマの変化を再認識しながら理解しなければならないことは明白だ。

写真家なのに、ボクは自然界からのちょっとしたサインを受け止めながら、現代の自然界の変化をマクロ的に捉えることをするから仕事のスピードを保てるのである。
そのためには、誰にも頼ることはしないし、身銭はすべて切ることにして、行動している。
だから、どこにも誰にも、気兼ねをすることはないので、仕事もスピーディーに的確に進むというものだ。

それなのにツキノワグマを語るヒトのなかには、調査するにも身銭を切ることもしなければ、行動力も技術力も発想力も乏しく、また、クマのぬいぐるみを想像させているだけの低次元な精神構造であたかもツキノワグマのすべてが分かってしまったかのような論調で社会に混乱を与えていくことはよくない、と思う。
自然を語る人たちのレベルが日本ではそのくらい低いものとなってしまい、そういったところの指摘もできないような社会になってしまったことに、ボクは残念さを感じると同時に滑稽さをも覚える。

なのでボクは、これらの技術や自然を見つめる視点は、自分のために使いきればいいのであって、他人や社会に期待もしないし、アテもしていない。
プロの写真家なのだから、ここはやはり自分の仕事だけに反映させればいいことであって、ブログで斬新な情報提供をする必要もない、と思うようになってきた。

ツキノワグマにどう迫っていくかといった企業秘密としての実験や、公開できないコロンブスの卵ともいえる相当数のウルトラCが、ボクにはまだまだたくさん隠されている。
これらは、クマ以外の仕事をしながら順次発表していくことにするつもりだ。
新しい技術を公開しても日本社会では、20年、30年遅れのタイムラグでやっと世間の意識が動きはじめてくることは、これまでの経験で自分自身がいちばんよく分かっていることでもある。
そして、このような技術と発想力は自分にしか使えないことも、知っている。
なので、自然界をどう見るのかといった「視点」、それをどう捉えていくのかといった「発想力」、そして結果を導きだす「技術力」。
これだけは誰もやってくれるものでもないから、自分自身でモチベーションをあげていくしかない。
そして、時期がくれば、「えんま様のおみやげ」にすればいい、と考えている。

そんなことを思う2010年の年初だった。

写真上から:
1)ツキノワグマにも個体変異はかなり多くそのまま習性にも現れてきている。顎の白い毛と胸の三日月にもかなりの変異があることも面白い。
2?4)体毛からDNAを取り出してツキノワグマの個体調査をするには画期的なことだと思うが、肝心の体毛をどのようにして大量に確実に確保していくかといったことにも「技術」が問われる。その結果を出すには、トラップをどのように設置すればいいのかを考える必要があり、それには大胆奇抜な「発想力」が求められる。そして、それを全体的に見つめてどう処理していくかということには、自然界をあらゆる角度からマクロ的に捉える「視点」が必要になってくることだろう。
5)ツキノワグマの体毛は、意外と確保しやすいものだ。
6)ツキノワグマの習性を知ってしまえば、いろんなところにも体毛はみつかるものである。

(from/ gaku )

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2 Comments

  1. こんばんは。
    それから挨拶遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
    熊の事件簿ひと段落ですか?もしそうなら少し残念ですが長い間ありがとうございました。
    猟場では一向に出会いが無いのですが、前にも書きましたがバイクに乗ってると結構会います。
    今年の夏も東北地方の某キャンプ場で人を追いかけてたので、指笛で撃退してあげました。
    数が少ないって言ってる人は、何年も前の状態から思考が停止してるのだと思います。
    そういう人は、鹿もまだ数が少ないと思っているのでしょう。
    それはともかく、今後も他のブログの方は楽しみにしていますので、宜しくお願い致します。

    Comment by いち猟師 — 2010/1/21 木曜日 @ 22:36:17

  2. 食肉目「クマ科」その通りなんですが、気付いている人は少ないでしょうね
    お仕事の区切りですか?ご苦労様でした、更なる革新を待ってます。

    Comment by 北割 — 2010/1/23 土曜日 @ 20:59:07

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