なぜツキノワグマは人を襲うようになったのか?自然の変化を鋭く見つめ続けてきた動物カメラマン宮崎学が送る新メッセージ
2009/12/7 月曜日   ツキノワグマ日記

ツキノワグマを探るにはフクロウ観察技術の応用

1990年に、ボクは、平凡社から「フクロウ」という写真集を出版した。
この写真集は、5000円という高額ながら10刷りという異例の売れ行きを示した。
発売してもう20年にもなるが、はっきりいってこの先30年間はあの写真集のクオリティーは出てこないと思っている。
そのくらい、完成度の高いものだと自負している。

あの写真集でボクがまず考えたことは、夜行性のフクロウの生活史すべてを年間を通してきちんと観察してみたい、ということだった。
とにかく闇のなかを行動するフクロウだから、わからないことばかりの野鳥である。
それは裏を返せばそこが魅力的なのだから、自分自身の自然観と究極の観察技術と撮影技術を磨く相手に不足はないと思ったからだ。

フクロウ写真といえば、日本では毎年春になれば子育てをしている巣穴だけを狙って、あたかもそれがフクロウの生活史のすべてのようにこれまで語られてきた。
春の子育ての一場面を記録するだけで、表現力はまるで何十年と進歩もなく、そのことに疑問すらいだかないまま、同じことが繰り返されてきているのである。
フクロウは野生で、一年中生活しているのに、たった2ヶ月間だけの子育て時期を撮影して生活史のすべてを語ることには、無理があるのではないのか?
こんなことでは、フクロウにかぎらず日本のたしかな野生を確かな視線で語ることはできない、とボクはきわめて不満に思っていた。
だから、年間を通したフクロウの観察を誰もできないのなら、自分でするしかない、と思ったのである。

そこでまずボクは、フクロウという漢字のもつ「梟」を分析することからはじめた。
梟という漢字は象形文字だから、双眼鏡もなかった時代にこのような字がすでに出来上がっていたこと自体に興味がある。
昔の人はそれだけ、肉眼と精神性で自然観察をきちんとしていたから、このような字が生まれたのであろう。
そこで、漢字が示すとおり、フクロウは木に覆いかぶさるように止まることをつきとめた。
ならば、枯れ木を山野のいたるところに立てて、フクロウに止まってもらおうと考えた。
そして、その枯れ木のてっぺんには特殊なセンサーを自作して、フクロウが実際に止まれば、確実に信号を刻むようにしてみたのである。

この作戦は、見事に成功した。
一夜に8回も10回もフクロウがやってきて、カウンターが確実に動いていたからである。
これは、ボクが徹夜をしながらフクロウを直接観察しなくても、カウンターのコマ数でフクロウの一夜の動きのおおよそを無人のまま知ることができたからだった。
場所によってはカウンターがまったく作動しない木もあり、夜間のフクロウの見えない動きがこうして点と線でつながっていったのである。

しばらくしてから、フクロウが止まればカウンターを数えるといった装置を、こんどはブザーにつなぎ、フクロウがやってくれば音も出るようにした。
そのあと、音と光が同時に出るようにして、野生のフクロウがカメラのシャッター音やストロボ光に驚かないよう、無人調教もしていったのである。
もちろんこのセンサー回路を寝袋の中まで引き込めば、ボクが熟睡中でもフクロウがやってくれば、バイブ振動で起こしてくれるようにもしてみた。
こう工夫することで、フクロウが来るまでは体をゆっくり休めることができるし、直接観察による深夜の体力ロスも抑えることができたのである。

たったこれだけのアイデアだけど、これは誰も教えてくれたわけではないし教科書もなかった。
自分自身ですべてを考え、装置も手づくりしていったのである。
それは、フクロウが生活する自然の中に自分を置いて五感を働かせながらフクロウの気持ちになって同化していけば、黙して語らない自然界がボクにどんどんアイデアを提供してくれたからだ。
こうして、フクロウを自分のものにしていくと同時に、フクロウが16種類の言葉をもって闇夜で会話していることも突き止め、ボクは言葉の意味を通訳できるようにもなった。
ここまでくれば、闇夜のフクロウの動きを事前に自在に読むことができるようになり、その結果があのような写真集につながったのである。

だから、夜間活動するフクロウを見たこともない人にとっては、フクロウ自体が幻で貴重な野鳥のように映るであろう。
だが、きちんと観察すれば、フクロウは予想外に数の多い野鳥で、地域によっては500~800m置きに1羽いるくらいの密度で生息していることにも気づく。
こういう数字は、やってみなければわからないことであって、これまでの定説といわれることがいかにいい加減であるかが分かってもくるものだ。
そしてそうしたことを自分で確認する術をもたないまま、全国に流布されてくるニセ情報をあたかも自分の知識のように信じ込んでいくから、国民のすべてが洗脳されてフクロウは少ない貴重な野鳥ということになってしまっていくのである。

このようなことは、そっくりそのままツキノワグマにも言えることである。
日本の山野をひっそりと行動しているツキノワグマだから、それを探るにはそれなりのアイデアと探りかたのスキルが求められるからだ。
熊がどこをどう歩いているのか、個体関係はどうなっているのか、など、分からないことだらけのツキノワグマを少しでも知っていくには、現場であらゆる発想転換が求められる。
粘着テープなどのヘアートラップで体毛を集めたり、妨害枝を立てたりしてツキノワグマの行動チェックを進めるにあたっても、膨大な知識量と経験と現場での機転、着眼点が大きな結果を仕分けてもくるからである。
その上で、無人撮影装置でツキノワグマの姿を撮影して確実な裏づけを得たり、さらには、熊にしか反応しない誘引物質で次なる行動を引き出したりすればいいのである。
こうして、とにかくいろんな発想力で実験を繰り返しながら熊像に迫っていけば、新たな発見の連続となり、その発見からさらに高度な発想力へとヒントがひろがり、次なる実験へとアイデアも磨かれていくからである。

ツキノワグマをはじめとする日本の野生動物に迫るには、教科書なんてないのである。
教科書は、それぞれの地域の自然に即した「教科書」を自分でつくるしかないからだ。そして、それを教えてくれる教師は、それぞれの地域の「自然界」だからである。
宮崎学はいまでもこうして、日本の野生動物たちに迫っているのである。

写真上から:
1)「フクロウ」写真集の表紙=平凡社発行
2)象形文字の「梟」の漢字をよく見ていれば、やがて止まりかたまでもが見えてきて右の写真を撮らざるをえなくなった。
3)熊避けスプレーにはトウガラシ成分が入っているというので、もっとも辛い青トウガラシに対してツキノワグマがどのような反応を示すか実験をしてみた。トウガラシの入った袋を齧らなければシャッターが切れない仕組みになっているので、2番目の写真は熊がたしかに齧ったことを示している。

(from/ gaku )

コメント&トラックバック

3 Comments

  1. 本日、ネットの古本屋さんで見つけました。 しかも先生のサイン入りだとか。

    絶版で貴重な本なので速攻で購入させて頂きました。
    ちょっと早いけど自分のクリスマスプレゼントです(笑)
     
     

    Comment by ARUGA — 2009/12/7 月曜日 @ 21:27:22

  2. ARUGAさん

    自分へのクリスマスプレゼントとは、嬉しいカキコミです。
    あの写真集の一点々々をじっくり読み解いてみてください。
    年間を通して、闇のなかでいかにフクロウが自然体で活動しているかがわかります。
    そして、野生のフクロウを実際に見ることができれば、それはそれは感動モノ、ですよ。

    Comment by gaku — 2009/12/14 月曜日 @ 11:38:28

  3. gaku さま

    サインを見ますと1990.5.17の日付でした。 初版第1冊。
    出版記念のサイン会で販売されたもののようですね。 

    『この先30年間はあの写真集のクオリティーは出てこない』と仰るようにハイクォリティーな写真集でした。 
    特に立体感のあるライティングは完全な絵コンテがあり、狙った通りに撮影されているのは感動モノです。 
    これはフクロウの生態、飛翔パターンを熟知し警戒心の強い彼らと友達にならないと撮影は無理ですよね?

    生態記録写真でもありながらフクロウの躍動感、野生の美しさも表現されています。
    絶版なので県立図書館クラスなら所蔵してるかもしれません。 皆さんも一度、ご覧になると良いと思います。 その出来映えにどうやって撮影したの? ハァ?と溜息が出るような写真集かと思われます。

    良い写真は何年経っても質が色あせない。 そんな写真集でした。 

    Comment by ARUGA — 2009/12/14 月曜日 @ 22:49:57

RSS feed for comments on this post.

Sorry, the comment form is closed at this time.

このブログへの訪問者