ツキノワグマ捕獲と再放獣を考える
ツキノワグマは、謎だらけの動物だ。
分かっていないことがほとんどだといって、いい。
だから、生態研究は絶対に必要なことである。そのためにも、ボクは
研究を否定はしない。
現代のこの時代だから、あらゆるハイテク機器を駆使して研究するこ
とは必要だろう。
また、それができる時代でもある。
ただ、ツキノワグマを捕獲して、発信機などをつけて再放獣すること
は結構なことだが、最後まで責任をもって追跡できる技術確立も同時
進行で研究する必要がある。
「お仕置き放獣」個体を量産させても、その後の生態的追跡ができな
かったら、「手負い熊」を放しつづける責任はどこにあるのだろうか。
標識など個体識別ができるのなら、それを追跡できる人員も必要だろ
う。
また、100mメッシュで無人撮影カメラシステムなどを設置しながら、「お仕置き」個体のその後を追っていかなければ社会を納得させられないのではないか。
すでに、お仕置き放獣されたツキノワグマが、奥山へ行くどころか、まったく同じ場所に出現している事実がボクの無人撮影カメラには捉えられている。
お仕置き放獣は、人間側から考えると理想であり希望でもあるが、ツキノワグマにとっては必ずしも「理想」ではないからだ。
人員と、あらゆる研究システムが整ってから、はじめて行われてもいいような気がする。
それなのに、目撃情報があっただけで、すぐに捕獲檻を設置してツキノワグマを捕獲して、耳タグをつけ歯を抜いて再放獣していることに、何の疑問ももたない社会も、おかしなことだ。
ツキノワグマのみならず、日本の野生動物のすべてが、詳しく生態がわかっていないのが実情である。
それだけ、調査をする人と、できる人が少ないからだ。
だからといって、「手負い熊」の量産を積極的に漠然としつづけていいというものでもない。調査はあらゆる角度から同時進行形で進められることが望ましい。
写真:畑に張り巡らされた有刺鉄線に、イノシシとツキノワグマの毛
がついていた。
この毛を定期的に見回っては回収しているが、いつも新しい
毛に出会うのは、ここを彼らが「けもの道」にしているからだ。


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