なぜツキノワグマは人を襲うようになったのか?自然の変化を鋭く見つめ続けてきた動物カメラマン宮崎学が送る新メッセージ
2006/9/10 日曜日   ツキノワグマ日記

散歩道でツキノワグマが人を襲う… 6

けもの道写真集

『けもの道の四季』を出版したのが1984年10月。

この写真集は、中央アルプス山麓に1982,83,84年と3年間にわたって無人自動撮影カメラを設置したときの写真である。撮影装置は全部で5台を配置して、山麓全体の動物たちの動きを追ってみたものである。

それだけに、手を抜くことなく、3年間を真剣勝負で撮影したものだった。

そのカメラに1回だけツキノワグマが写った。

1983年6月14日12時58分のことだった。

まさに当時としては、ツキノワグマの貴重なショットだった。

あれから22〜23年が経過した今回、ツキノワグマは驚くほど簡単にカメラに写るようになった。

「けもの道の四季」を撮影した現場はマレットゴルフ場になってしまって人の出入りが激しいので、当時の場所へカメラを設置するのはやめた。そのかわり300mほどしか離れていない場所に今回は設置してみたのである。

全体の環境や標高的には、前回とほぼ同じと思っている。

それなのに、昨年から周辺でのツキノワグマの動きは大変なものがあった。

ものすごい数のツキノワグマが生息していると考えていいからだ。

遊歩道クマのコマ落とし

ツキノワグマ以外にも、20年ほどの間に、動物相はかなり変化していた。

1983年ころには普通に見られたノウサギがまったく姿を消してしまったし、アナグマもいなくなった。

それに代わって、イノシシとツキノワグマが激増しているからだ。

20年間ほどでこれだけの変化があるのだから、同一地点で数十年間にわたって無人自動撮影という定点観察は「黙して語らない自然界」を探るにはきわめて必要なことである。

なによりも、時間をかけながら長いスパンで自然を見届けていかなければならないことに気づかされたのだった。

そういえば、いまから200年ほど前の中央アルプス山麓では農民が鹿と猪の獣害に悩まされ、数10kmにも及ぶ「猪垣」をのべ7,200人が出て築いたという古文書がでてきている。

当時ニホンジカが中央アルプスに多数生息していたことがこれで判明したのだが、半世紀前まではニホンジカの生息が中央アルプスでは確認されてなかった。それが、ここ2−3年の間に南アルプスから移動してきて確実にニホンジカが定着し、増加傾向にあるのである。

イノシシ、ツキノワグマに加えてニホンジカが増えてくると、これからは住民が三獣苦に悩まされていくのであろう。

散歩道を利用する人たちも、このような動物たちが生息していることを念頭において行動しないかぎり、事故は減らないと思う。

(from/ gaku )

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2 件のコメント »

  1. 私も、少なくとも東日本のツキノワグマは
    個体数が増加している状況であることを前提に
    対応を考える(議論する)必要があると言っています。
    いわば、どん底から回復しているともいえるのですけれど。

    ここに示されているデータは私の主張を補強してくれるものですので、講義などで、引用させてください。情報源は、もちろん明示します。

    コメント by 石田 健 — 2006/11/5 日曜日 @ 10:54:48

  2. >ここに示されているデータは私の主張を補強してくれるものですので、講義などで、引用させてください。情報源は、もちろん明示します。

    他人の講義のために、ボクは数十年にわたって独自データをとっているのではありません。
    講義をされるのでしたら、どうぞご自分のデータでやってください。

    コメント by gaku — 2006/11/5 日曜日 @ 18:23:10

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