ツキノワグマの痕跡サインを読みとる楽しみ
フィールドにでて、何が楽しいかといえば、動物たちの痕跡に出会うことだろう。
ツキノワグマにかぎらず、あらゆる生物の痕跡というサインに出会い、それをどう読み解くかということである。
これは、経験を重ねるほどにズバリと読み抜くことができるようになるから、フィールドを前にしてあらゆる想定ができるからだ。
たとえば、12時間以内のツキノワグマの棚つくりなんてものは、折られた枝葉も周囲とはほとんど差がないから気づかずに通り過ぎてしまうことがよくある。
しかし、やはりそこは注意していれば、若干の違いがあるので、慣れるほどにそうしたサインを見つけだせるものだ。
そんな木をみつけると、こんどは藪に入っていき次なるサインに気配りをすればいい。
ここ連日フィールドからは、そんなサインがどんどん提供されてきているからである。
それは、視覚に迫ってくるだけでなく、バイクで林道を走っていてもツキノワグマの尿臭までもがサインとして飛び込んでくるのだから、見落としてしまうというようなもったいないことはボクにはできない。
そうしたサインを見つけるたびに、ボクはすべてをチェックして自分だけの資料にしていくのである。
実際には、木などに登って確認することもするし、そうすることで新たな発見もあるからである。これは、写真家としての「絵コンテ」づくりには欠かせないものであり、ここまでくると「センス」の問題にもなってくるだろう。
センスのない人には、いくらツキノワグマからのサインが出されていても見落としてしまうし、そうしたサインを次に活かしていくこともできない。
これは、何もツキノワグマにかぎったことではないし、日本の野生動物全般にいえることである。
だから、身近にいるタヌキやキツネの観察ひとつできないようでは、ツキノワグマだって正体をみせてくることはない。どんな動物でも、迫っていくアプローチは同じ、だからである。
こうして、ツキノワグマの痕跡やご本尊にであったこともないような人ほど、ツキノワグマは絶滅してしまうというような悲観論を展開していくものだから、社会も混乱してしまう。
このような人は、ほんとうに「素人」なのだと、ボクは思っている。
こういえばすぐに反論がくるだろうが、ならば、各自のHPやブログなどでもツキノワグマの鮮度のいい痕跡サインや生態写真がどんどん量産されてきてもいいと思う。
こうした写真ひとつ見せてもらえないということは、いかにフィールド体験がなされていないかということに尽きるだろう。
フィールドをきちんとやっていれば、それなりの写真も撮れるハズだし、新しい言葉がつむぎだされてくるハズである。
8月下旬の今こそ、日本中の山野には鮮度のいいサインがいっぱいあることに気づいてほしい。
そして、しっかり日本の自然界の経験を積んでほしい、と思う。
ツキノワグマに対しても、同じ言葉の繰り返しがもう何年続いていることだろう?
これはいい加減に聞き飽きたので、自然界やツキノワグマに対する鮮度のいい言葉をボクは聞きたいのである。
写真上:このウワミズザクラの木にも12時間以内の見事なサインが残されていた。
写真中:赤い矢印は糞。緑の破線は足跡。樹上に登ってみると見事に見えてくるからおもしろい。
写真下:赤い矢印はクマの右後ろ足指の爪あと。緑の矢印は下ってくるときの爪が滑り、途中で力をいれた右後ろ足指のあと。
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120%全面的支持!(笑)
里山(近所の裏山)で培った(たかがタヌキのフィールドワークであっても)技術や蓄積、そして小道具は、外国のまだ見たことのない動物にも応用できますからね。
コメント by くまがい — 2008/8/27 水曜日 @ 23:28:46
◆くまがいさん、
自然を語る場合、どんな写真や文章にであっても、その裏側には技術が見え隠れしているものです。
「鮮度」のいい言葉や写真に、ボクはほんとうに飢えているんですよ。
コメント by gaku — 2008/9/6 土曜日 @ 8:53:57