ツキノワグマの棲む山野は「荒廃」していない
「奥山が荒廃しているから、ツキノワグマは餌不足で困っている」
「だから、奥山から里へ餌を求めて出てきているのだ」
「奥山がどんどん荒廃しているから、ツキノワグマは絶滅してしまう」
「奥山は、スギやヒノキの人工林になってしまって、ツキノワグマがすめない環境になってしまった」
「里にくるクマは、奥山に放獣しても、荒廃しているから里へでてきてしまう」
「荒廃している奥山には餌がなく、人里には美味しい餌があるから、クマはどうしてもやってきてしまう…」
「奥山の山林荒廃で大切な水資源がなくなってしまうから、クマと共に人間にも危機が迫っている…」
このような論調が、ここ数年のあいだに定説のようになってきている。
テレビ、新聞の論説委員や解説委員までもが、まったく同じ論調である。
だから、「ツキノワグマ 奥山 荒廃」でWeb検索してみると、よくもまあ悲観的論調で同じような言葉しかつかえないホームページやブログがヒットしてくる、ものだ。
これらのページをみていると、いかに付和雷同している作者が、マスコミなど巷間伝えられているところの「言葉」の受け売りをしているかがよくわかっておもしろい。
マスコミにこうした意見を流すのも、自然科学者や専門家たちでなければ、マスコミだって記事にはできないだろう。
ということは、自分自身の目で、目の前にある現在の日本の自然の姿をいかに見切れていない人が多いか、ということである。
だからボクは、こういう記事にであうたびに、日本の自然をたしかな視線で見れない人がこんなにも増えてしまったのだろうかと、嘆かわしくなってしまう。
「山林が荒廃している」というけれど、現在の日本の山野は荒廃なんてしていない。
むしろ、ツキノワグマをはじめとする野生動物たちにとっては、最高に棲みやすいいい条件になっているからである。
そのことに気づかなくて、どうするんだ、といいたい。
山林荒廃とは、林業用語である。
林業関係者が補助金を獲得したいがために、使いはじめた言葉である。
植林した林が、手入れされないまま数十年間も放置されてきたから、間伐も、枝打ちもされず、植林樹木は蔓や雑木に痛めつけられて、山野は荒れるがままだ…。
だから、せっかく「補助金」をもらって植林した人工林が台無しになってしまうから、早く整備費用が「必要」だ、ということである。
これは、山林野を経済的視点だけでみた「荒廃」、なのである。
ツキノワグマやニホンザルは、山野を地上から樹上まで立体的に利用する動物なので、むしろ間伐や枝打ちされた人工的「美林」より、現在の山林野のほうがはるかに餌が多いから大歓迎をしているのである。
ニホンジカやイノシシも、いまの山野のほうが豊富に餌があるから、爆発的に数を増やして現在なおも増殖中である。
だから、この4種は減少には向かっていない、のである。
こうした生物のフードチェーンを見ただけでも山林が「荒廃」しているとはいえず、自然科学者や動物の専門家までもが林業者と同じ論調になってしまうとはいかがなものか。
たしかな視線で自然界を読めない人たちが、「荒廃」という仮想敵をつくってしまって、その後の自然界探求の努力を怠ってしまうことのほうが、ボクには罪といえる。
もう少し、日本全体の山林野と野生動物たちの生態を照らし合わせてみれば、「荒廃」の意味にもおのずと気づくはず、だからである。
写真:どちらも同じ位置から撮影した中央アルプス中腹部にあたる38年後の姿である。
1970年、植林されたカラマツは50cm足らず。それが、38年後には20mに成長している。
しかも、林床にはあらゆる雑木が繁茂して、野生動物たちの餌場を提供している。
当時20歳だった1970年に、ボクは今日を予測して、この写真を撮影していたのだ。
この写真を見て、1970年と2008年では、どちらが荒廃しているといえるであろうか?これが、日本中の山野の現実である。
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gakuさんのお話のオウム返しになっちゃいますが
「絶滅危惧種のオオタカの営巣が確認されたため、工事中止」なんていうニュースはもう聞き飽きました。なんで絶滅危惧種がそんなにホイホイ見つかるんだい?。なんの疑問も持たず「専門家」のご説を流してるマスコミ。フィールドワークを生業にしている専門家でさえ、gakuさんのおっしゃるような間違った認識でなんの疑問も持たずにしたり顔で話している。現場、現物を確認していないことがよくわかります。中央アルプスの裾野の林道をジムニーで走ってみると、ほぼ毎回カモシカに出会いました。イワナ釣りをしていてニアミスしたこともあります。クマのモリさんには幸か不幸か出会いませんでしたが、とにかくちょっとでも山に入ってみればその姿や痕跡から、いかに動物たちが絶好調なのかはすぐにわかることです。「荒廃」した森林に入ってみれば、下草が生い茂り、木が倒れてキノコが生え、本来の姿に帰ろうとしていることがわかります。専門家の方々は固定観念を捨て去り、よく現場をまず見て欲しいものです。
田舎(だけではないかもしれませんが)では、どうも補助金ですとかそういうものへの執着が強い気がします。道路もそうです。なんでこんなところにこんな立派な道路が...と思うと「○下×平道路」なんて呼ばれていたりする。議員さんの戦略が絡んでくる。
なにがいいたいかわからなくなってきましたすみません。とにかく、現場を見ろ、お金が絡んでくると情報が混乱する。と感じます。
コメント by 昴 — 2008/5/15 木曜日 @ 13:55:40
追伸
専門家は現場を「見て」はいるのでしょうが、読み取ることができていない。「センサー」が欠落している。やっぱりセンスの問題ですね。それから、「自然保護」は商売になりますです。日本を代表する鳥を主とした「自然保護」の財団法人なんかが良い例です。
コメント by 昴 — 2008/5/15 木曜日 @ 14:11:25
俺が知ってる限り、(実際に山を見ている人が多いというのもありますが)奥山の荒廃を唱えている人は少ないです。
奥山よりも、奥山と人間生活の場の接点である里山の荒廃を問題にしています。過疎化・高齢化・ライフスタイルの変化・・・などなど。
コメント by くまがい — 2008/5/15 木曜日 @ 17:19:50
◆昴さん
オオタカの件は、まさに、その通りですね。
オオタカを「絶滅危惧種」と思い込んで、貴重なものを偶然見つけてしまったから、
『それ、保護しよう…』ってことになって、保護運動がはじまっていく。
そのまま、地方ではその人が「専門家」になっていってしまう…。
だけど、自然界全体を見れないオオタカ専門家なので、やがてオオタカに引越しをされて、その後の追跡ができなくて頓挫して、しまう。
今日の日本社会でのツキノワグマの動きが、まさにオオタカと同じ道を辿っていると思ってボクはみています。
ほんとうに、キチンと自然界全体のことまで理解できている人が少なすぎるんです。
◆くまがいさん
>奥山よりも、奥山と人間生活の場の接点である里山の荒廃を問題にしています。
このことも、奥山と同じことであって「荒廃」とはいえず、ツキノワグマの『保護』だけを唱える人たちにとっては、とてもいい環境になっているんですが、ね。
コメント by gaku — 2008/5/20 火曜日 @ 15:41:00
林業者としてここにもコメントさせてもらいます。ただし私は“アンチ林業者”な林業者(正直、“狭義”の林業?工業製品としての原木の生産業?はあまり好きじゃない)です。
この問題の根本的な原因は、「山林の荒廃」という言葉の定義にまったく一般的なコンセンサスがないということになるかと思います。立場と見方を変えればどんな状態でも「荒廃」と言えてしまう(笑)。様々な立場での「山林荒廃論」が出せるわけですね。
しかし、私は多くの山林関係者、林業者から林学者、行政、自然保護団体が気がついていない?点を指摘しておきます。それは『地域差を考慮せず、自分達のフィールド山林の状態を日本全体の山林の状態であるかのように敷衍してしまう。』です。ミクロとマクロの次元をごっちゃにする、日本人的思考にありがちなパターン。
例えば具体的に指摘すると、このHPの主が主なるフィールドにされている『積雪地帯の中傾斜、主に火山生成地質のカラマツ・杉中庸仕立て人工林』は、放置30年あれば野生動物の住処として十分な環境になるでしょう。こういう山林を補助金でいじくるのは、まさに「山を食い物にしている」人々です。しかしながら、私のフィールド、紀伊半島南部にありがちな『無積雪地帯の急傾斜、主に堆積物生成地質のヒノキ密仕立て人工林』は、放置80年でまあ、なんとかというところです。なぜならヒノキはこの地域では単一樹種高密度人工林として成林しやすく(それゆえウジャウジャ植えられている)、一度成林してしまうと、アレロパシー物質で他樹種の侵入をなかなか許さず、高密度の常緑樹林ゆえ下草も消えてなくなります。このような、いわゆる線香林は林業の観点からも、自然愛好者・保護者の観点からも「荒廃林」です。積雪もせず天敵となる虫や菌類も少ないゆえ、強度のあるヒノキは折れることもなくギャップなかなか発生しない。ゆえにこのような山林だらけ。紀伊半島なので、大型台風直撃&豪雨土砂崩れで一発逆転大ギャップ発生→自然林に戻る、のパターンが多いです。「百年河清を待つ」のならばなんとかなるのでしょうが、それでは人も動物も苦しくてしょうがないわけです。このような山林は放置するべきではないように思います。だって、だーれも得しないんだもの…
とはいえ、こちらでも自然林に還ろうとしている山林を弄繰り回し(誰も得しない。われわれ林業者も手間ばかり多く将来の収益も期待できないのでやりたくもない)、放置すれば誰も喜ばない高密度線香ヒノキ人工林を放置しまくっていますが。
コメント by よさく — 2009/1/11 日曜日 @ 17:39:18
余計な追加
熱帯雨林再生で有名な、宮脇先生はそのことを強烈に感じます。あの方のフィールドワークと熱意、理論はすばらしいですが、どの世界にもある、熱意と実績に裏打ちされた自身のある成功者が陥りがちな罠「世界中どこにでも自分の理論や方法が当てはまると考えてしまう」にみごとに嵌っておられます。「里山」を完全否定されますしね、あの人は。
「人が触ることなく、潜在的な優勢樹種である深根性の高木樹種を傾斜地で育て自然に近い大木林にすれば、土砂崩落を防げる。人工物(人工林も含め)による崩落防止は金の無駄」
それで紀伊半島南部でも権威が言うからそうすべきだなんていう団体がありますが、実際に現場にいる(森林関係者には評判の悪い)土木関係者や、古い山仕事のおじいちゃんには笑われることでしょう。なぜなら、そういう山こそこの地域では崩落するからです。『急傾斜の脆い堆積岩の上に浅い表土が載っている』地質では、深根性の樹種でも浅く広くしか根を伸ばせず、高木・大木化して台風豪雨により樹幹が揺すられ、表土下の脆い岩盤ごと根返りするからです。
このあたりは備長炭の生産地で、昔は多くの里に近い急傾斜地の山林が30年程度で皆伐されていました。それゆえ、表土はどんどん流されますが、それがかえって急傾斜高木林であるがための崩落を防いでいた面があります。潅木だから強風に影響を受けないし、表土が浅く高木樹種が大木化する前に根返りして自然に倒れるわけです。炭焼きをしている(していた)古老は、そのことを体感しています。
10mも動けばまったく変わってしまうこともある複雑な山林地環境を、熱意あるフィールドワークに基づく完成されたものでも、あるひとつの理論や観点から解釈してしまうほど「あーあ…」なことはないかと。
それこそ自然をナメている。
コメント by よさく — 2009/1/11 日曜日 @ 18:23:44