「死に花」を食った熊
先日、岐阜県の白川郷でフクロウのシンポジウムがあり出かけてきた。
そこで、基調講演とパネラーをやれということだったので、このような理由でもなければ白川郷まではなかなかに行くことのない場所である。
「トヨタの森」という会場に向かう途中、合掌造りの集落を見下ろす山野に熊棚が多数みられた。
こんなところにもたくさんの熊棚があるものだなぁー、と思いながら観察をすれば。
クマに折られた枝のあるナラの木が、すべて枯れていたのだった。
ツキノワグマはふつう熊棚をつくっても、樹木を枯らしてしまうことまではしない。
おかしいなぁーと思ってさらに全体を見渡せば、これには、ナラ枯れが原因していることもわかった。
それは、ナラの木に虫が入り樹木を蝕みはじめた。
その時点で樹木は自分が死ぬかもしれないと感じ、生命をドングリに托そうと樹内のホルモンが動いたのだろう。
「死に花」といって、樹木が最後の余力を精一杯ふりしぼって受胎率の高い「花」を咲かせたのだった。
そして、その花は見事に結実して、美味しいドングリを実らせた。
そのドングリをクマが食べた、のだった。
このとき、すべてのドングリはクマに食べられることはなかっただろう。
数粒は、発芽率のいい実となって地上に落ちていったハズだ。
樹木を枯らすまではしなくても、このように木をいじめて結実を促すことはミカンやブドウ、リンゴやカキなど果樹栽培では「剪定」というかたちで普通にもちいられる手法である。
ツキノワグマがクリやドングリなどの木に登って枝を手荒く折るという行為は、実は木に刺激を送る人間でいうところの剪定作業に当たっているのではないか、とオイラは思っている。
果樹園芸をするにあたってはひょっとしたら、人間がクマの行為を真似たのではないかとも考えられる。
白川郷でみたナラの木は、最終的にはこうして枯れて死んでいった。
だが、クマにドングリを食べられても、枯れた周囲には若いナラの木の実生があるはずであろう。
これは、後日観察に出向けばわかることなので、宿題にするつもりだ。
こうして考えてみると、短絡的に、「ナラ枯れ」が起きるとツキノワグマが餌不足になると訴える人たちもいるが、もう少し大きな視野にたって時間をかけながら自然界全体をみていきたいものだと思う。
同じクマ棚ひとつ見るにしても自然界からはいろんなサインが出されているのだから、オイラはそういった微細な観察を通してツキノワグマの全体像を知っていきたい、と考えている。
写真:
1)合掌づくりの集落を見下ろす斜面にみられたクマに枝を折られ立ち枯れたナラの木。
2)矢印のところが折れ、立ち枯れ、周囲には元気なナラの木もある。
3)クマに折られて枯れたナラの木をみると、「ナラ枯れ」もいろんな角度から検証していく必要があろう。
4)コナラの木に登るツキノワグマ。
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死に花と言う言葉を初めて知りました。
自宅庭に毎年、朝顔のこぼれ種で花が咲きますが、今年は葉が例年の4倍くらいの大きさでびっくりしていました。
夕顔の種がどこかから飛んできたのかなあと思っていましたら、咲いたのはいつもの朝顔でした。
が、花が例年より沢山ついています。
向かいのお宅のグラジオラスも丈がとても高くなって花を沢山つけました。
今年の夏はご近所で、花の勢いがどこも盛んです。
地面が汚染されてしまったことを、植物が感じているんでしょうか。
人間界でも、地震後、結婚する人が増えているようですね。
子供を作るかどうかは、わからないところですが。
コメント by そらとびねこ — 2011/9/2 金曜日 @ 9:31:47
■そらとびねこ さん
>地面が汚染されてしまったことを、植物が感じているんでしょうか。
視点としては面白いですので、やはり、ここは定点撮影をしておきましょう。
スケールなどを当てて撮影しておくこともよい、と思いますよ。
>人間界でも、地震後、結婚する人が増えているようですね。
人間はとても弱い動物ですから、はやり支え合いたいのでしょうね。
現代人は、ほんとうに「家畜化」されてしまっていますから、自然界からみれば「屁」のような存在です。
そこへいくと、野生動物は逞しいと思います。
コメント by gaku — 2011/9/2 金曜日 @ 17:56:19
狭い国土で有りますが、春夏秋冬季節ごとに樹木も巧く自然淘汰で調和し風通しも良くなる掟、そこに住む全ての生き物もまた巧く対応し子孫繁栄の営みが出来ていた日本の原野風景。
さて始めての書き込みお許し下さいね。
九州の僻地育ちでしたが今は成田国際空港近くで「自給自足の夢は10年で全てが持続可能体制は完成」日本経済は成長の限界すら超えた時代、自宅を衛星写真で見れば日本の原野風景は再現か?ハクビシン、狸、兎、鼬、雉、コジーウケイ、空からは猛禽のオオタカ類が毎日放し飼いの鶏を餌とすが。
繁殖の掟は面積に対して子孫の残せる数は自ずと「自然淘汰が基本。
九州の営林署管轄の林道は鎖で立入禁止は物隠し原生林で金に成る物は峰の種木を残し全て伐採し荒れ放題、動植物は対応出来ずに「熊は今何処」熊の狩猟話は昭和42年3月が最後。
さて災害国日本の有効面積対人口比率は狂い、現状では人口淘汰が必定かも、基本食糧自給率とは「何を基本に?輸入は無駄、自給こそが美的倭の国と思うが?~~3200坪で金網無しの鶏600羽放し飼いし。行き交うジャンボ機は常に5~8機が舞う。
コメント by 僻地仙人 — 2011/10/21 金曜日 @ 19:54:10
管理人、様大変失礼致しました。
自己紹介を少し。
豊後の国大分県大分市育ち、人生の半分を竹田で過ごし、
海外登山ロッククライマー暦8年、岩石彫刻南画盆栽暦45年、短歌俳句漢詩吟詠47年、県内の阿蘇溶岩台地ガイドは得意。
商いは19回転換させ留まらず進行半ば、今は海外のイベントが本業。
コメント by 僻地仙人 — 2011/10/21 金曜日 @ 20:11:45
■僻地仙人 さん
>繁殖の掟は面積に対して子孫の残せる数は自ずと「自然淘汰が基本。
>災害国日本の有効面積対人口比率は狂い、現状では人口淘汰が必定かも、基本食糧自給率とは「何を基本に?輸入は無駄、自給こそが美的倭の国と思うが?
おっしゃるとおりです。
江戸時代の300年間3000万人前後での推移。ここに日本人の答えも隠されていると思います。
それなのに、大切な土壌を「放射能」で日本は汚してしまいました。
まったく、エコロジーとは何なのかを分かってない現代人は、まっさきに淘汰の対象になっていくと思います。
コメント by gaku — 2011/10/22 土曜日 @ 9:23:05