なぜツキノワグマは人を襲うようになったのか?自然の変化を鋭く見つめ続けてきた動物カメラマン宮崎学が送る新メッセージ
2013/8/21 水曜日   ツキノワグマ日記

「黙して語らぬツキノワグマを探る…」、には

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昨夕、かねてから知り合いの全国紙科学部の記者から電話があった。

記者「宮崎さん、ツキノワグマはかなり多く生息していそうですね!」

gaku『いまごろそんなこと言っているんかい?
オイラは、ずっと一貫して、たくさんふつうにいる野生動物だと言ってきているのに。
写真家は、現場に立ってナンボだから、そんなこと他の野生動物と比べてみても分かること。』

記者「でもねぇー、研究者はどうしても“保護”したいから少なく見積もっているところがある。」

gaku『いや、そうじゃあないよ。
技術と自信と行動力と身銭を切らないから、「保護」といっていれば立場を守れると思っているだけさ。
とにかく、現場を分かってないんだよ、ね。
ツキノワグマを語るのに「生態学」だけしか頭にないから何も分からないんだよ。
野生動物の盛衰を語るにも、「現代社会学」「生理生態学」「死の生態学」さらには「時間軸」に加えた「人間心理学」…
そのどれもが必要で、複眼発想しながら総合判断すればツキノワグマをあぶり出すヒントはいくらでもある。
で、そこには自然を総合的に見つめて行動していく「センス」という直感力も必要になってくるんだけれど、ね。
センスさえあれば、研究者であれ保護を訴えている専門家だって、もっともっと新しい言葉で自然を語ることができるものなんだけれど。
なのに、相変わらずのドングリだとかハチミツのセオリーどおりの言葉しかない、じゃん。
写真だってこれほどカメラがすばらしく進歩してきているのだから、プロアマ問わず、刺激的で新しいものがどんどん世にでてきてもいいハズだと思う、よ。
発信しなければならない人がちゃんとしてないから、「獣害」といわれるサルやイノシシ、ニホンジカの増加にしても30年も遅れてしまい対策が手遅れとなっているんじゃあないのか、な?
ツキノワグマの今後がどうなるかって、社会学から追っていってもオイラにはすでに答えが見えているよ。
100年後の日本の山野がどうなっているのか、そのときツキノワグマがどのようなポジションにあるのか。
そのくらいの視野で、いま現在のツキノワグマを語らなければならないんだけど、ね。
マスコミの仕事も重大です、ぞ。』

記者「 ・・・・・・・・ 」

あはは、生意気ぐらいがちょうどいい。
このくらいはっきり言っても、社会は「怨嗟」としか捉えないからオイラはわが道を行くだけだけれど。
記者は、オイラの未発表の写真を借りたがっていたが、まだその時期ではないので丁寧でもないけれど言葉を濁した、のだった。
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写真上
山ガール、森ガールも増えてきて、ほんと心配してしまうくらいに山野に無防備で入る人が多くなってきた。
この女性も単独でこの森に入ってきたが、何が目的だったのだろう、か?
そこを歩くクマの親子だけれど、母親は「初産」らしく小さい。
初産の母グマの攻撃性は、いかに。

写真下
「森の手入れが行き届かないからクマを里に呼び寄せるのだ」
専門家のそんな進言もあって、行政は通学路や人家付近の木をどんどん切って明るくしたのだけれど。
そこを歩くクマにとっては「そんなの関係ねぇーや」、と闊歩中。
やっぱり、人間のやることは「気休め」、だけだな。

(from/ gaku )

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